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【図解】南北朝時代の元号と天皇をまとめてみた

2019/04/01

朝廷が2つに分かれて対立していた南北朝時代。

併存していた元号と天皇を表としてまとめてみました。

日本史の学習・研究や歴史小説、歴史ドラマなどを楽しむ際の一助になりましたら幸いです。

 

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南北朝時代の元号と天皇

西暦 北朝(持明院統) 南朝(大覚寺統)
元号 天皇 元号 天皇
1329 元徳 元徳 後醍醐(96)
1330 2 2
1331 3 光厳(北1) 元弘
1332 正慶 2
1333 2 3
1334 建武 建武
1335 2 2
1336 3 光明(北2) 延元
1337 4 2
1338 暦応 3
1339 2 4 後村上(97)
1340 3 興国
1341 4 2
1342 康永 3
1343 2 4
1344 3 5
1345 貞和 6
1346 2 正平
1347 3 2
1348 4 崇光(北3) 3
1349 5 4
1350 観応 5
1351 2 6
1352 文和 後光厳(北4) 7
1353 2 8
1354 3 9
1355 4 10
1356 延文 11
1357 2 12
1358 3 13
1359 4 14
1360 5 15
1361 康安 16
1362 貞治 17
1363 2 18
1364 3 19
1365 4 20
1366 5 21
1367 6 22
1368 応安 23 長慶(98)
1369 2 24
1370 3 建徳
1371 4 後円融(北5) 2
1372 5 文中
1373 6 2
1374 7 3
1375 永和 天授
1376 2 2
1377 3 3
1378 4 4
1379 康暦 5
1380 2 6
1381 永徳 弘和
1382 2 後小松(北6) 2
1383 3 3 後亀山(99)
1384 至徳 元中
1385 2 2
1386 3 3
1387 嘉慶 4
1388 2 5
1389 康応 6
1390 明徳 7
1391 2 8
1392 3 9
1393 4 後小松(100) 4
1394 応永 応永

皇位継承問題より、後嵯峨天皇の第3皇子・後深草天皇系統の持明院統と、第4皇子・亀山天皇系統の大覚寺統が交互に皇位を継いでいくことを鎌倉幕府が裁定。

1331年、後醍醐天皇による鎌倉幕府倒幕計画が発覚。鎌倉幕府は光厳天皇を即位させ、後醍醐天皇は隠岐に流される。

1333年、鎌倉幕府は滅亡。復位した後醍醐天皇は建武の新政を開始。

しかし足利尊氏と対立。足利尊氏は光明天皇を擁立して北朝を成立させると、後醍醐天皇は吉野にのがれて朝廷を開く(南朝)

1351年、足利尊氏が一時的に吉野朝廷に降伏して、元号を南朝の「正平」に統一する(正平一統)が、半年ほどで解消。

1392年、足利義満のあっせんで南北朝の合体が実現(明徳の和約)。

 

 

 

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