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【大相撲記録】大関昇進直前3場所の成績

2020/11/02

よく「3場所通算33勝」が昇進条件といわれますが、規則で決まっているわけでなはく、あくまでも目安にしかすぎません。

これ以上良い成績を残しても大関にあがれないケースもありますし、また低い成績でも大関にあがるケースもあります。

あくまでも周りの状況。

横綱大関の人数が少ない時期だったり、人気が低迷気味な時期に大関昇進という慶事を起爆剤にしたいという思惑があったりすると、それほどの成績でなくてもあがる場合もありえます。

15日制が定着した1949年以降に大関に昇進した力士の、直前3場所の成績をまとめてみました。

現在に近い順番から遡っていく形になっています。

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大関昇進直前3場所の成績

四股名の後の数字は直前3場所の合計成績。

◎優勝 ◇優勝同点 △準優勝

正代 32勝13敗

場所地位成績三賞受賞等
2020年03月西関脇8勝7敗
2020年07月西関脇11勝4敗
2020年09月西関脇13勝2敗◎殊・敢

1月場所、7月場所と千秋楽まで優勝争いをしながらあと一歩届きませんでした。

9月場所熊本県出身力士として初優勝し、大関昇進を果たしました。

朝乃山 32勝13敗

場所地位成績三賞受賞等
2019年11月西小結211勝4敗△
2020年01月西関脇10勝5敗
2020年03月西関脇11勝4敗

大関が貴景勝ひとりだけという事情もあり、三役3場所2ケタの安定さと将来を見込んでの昇進といえましょう。

師匠(朝潮)が6度目の挑戦で大関を射止めたのに対し、朝乃山はワンチャンでものにしました。

貴景勝 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
2018年11月東小結13勝2敗◎殊・敢
2019年01月西関脇11勝4敗△
2019年03月西関脇10勝5敗

2019年1月場所14日目に3場所合計33勝に到達するものの、千秋楽の豪栄道戦で完敗して大関昇進見送り。9勝5敗とギリギリで迎えた3月場所千秋楽、カド番で7勝7敗の栃ノ心に完勝して大関昇進を勝ち取りました。

栃ノ心 37勝8敗

場所地位成績三賞受賞等
2018年01月西前314勝1敗◎殊・技
2018年03月西関脇10勝5敗
2018年05月西関脇13勝2敗△敢・技

2018年1月場所の平幕優勝から勢いにのり、大関昇進直前最高成績タイを記録。

高安 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
2017年01月東小結11勝4敗
2017年03月西関脇12勝3敗
2017年05月西関脇11勝4敗

横綱稀勢の里の初優勝・横綱昇進に続き田子ノ浦部屋に慶事が訪れました。本名大関は輪島、北尾、出島以来4人目。

照ノ富士 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
2015年01月東前28勝7敗
2015年03月東関脇13勝2敗△殊・敢
2015年05月東関脇12勝3敗◎

2場所前の2015年3月場所が新三役。三役わずか2場所で大関に昇進。5月場所では11日目までに3敗し大関取りは翌場所に持ち越しになったかにみえましたが、終盤トップに並び逆転優勝を果たしたことで大関昇進なりました。

豪栄道 32勝13敗

場所地位成績三賞受賞等
2014年03月東関脇12勝3敗△
2014年05月東関脇8勝7敗
2014年07月東関脇12勝3敗△

関脇在位中に連続2桁勝利が無いという不安定さが残りますが、14場所連続関脇在位の実績と昇進直前2場所続けて白鵬に土を付けたことで、これからの期待料込みといったところかも。

鶴竜 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
2011年11月西関脇10勝5敗
2012年01月東関脇10勝5敗
2012年03月東関脇13勝2敗◇殊・技

初顔から20連敗していた白鵬に初めて勝ったのが昇進2場所前の2012年1月場所。翌場所も続けて白鵬を撃破し、その勢いのまま優勝同点まで持ち込み大関昇進まで掴みとりました。

鶴竜の昇進により史上初の6大関に。(2012年9月場所まで)

稀勢の里 32勝13敗

場所地位成績三賞受賞等
2011年07月西関脇10勝5敗
2011年09月西関脇12勝3敗△
2011年11月東関脇10勝5敗

直前場所10勝をあげたもの、3場所合計32勝はぎりぎり。早くから大関昇進が期待されていただけあって、ちょっと甘い昇進では、との声も。

琴奨菊 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
2011年05月東関脇10勝5敗
2011年07月東関脇11勝4敗
2011年09月東関脇12勝3敗△殊・技

上位の厚い壁に阻まれ続けていましたが、メンタル面の強化が功を奏して関脇で4場所連続の2ケタ勝利、特に直前の2場所は連続して白鵬を破りました。

把瑠都 35勝10敗

場所地位成績三賞受賞等
2009年11月東関脇9勝6敗
2010年01月東関脇12勝3敗△
2010年03月東関脇14勝1敗△敢・技

大関昇進直前場所は、11日目に全勝優勝した白鵬に敗れただけの14勝1敗。文句なしの大関昇進。

日馬富士(安馬) 35勝10敗

場所地位成績三賞受賞等
2008年07月東関脇10勝5敗
2008年09月東関脇12勝3敗△ 
2008年11月東関脇13勝2敗◇

6場所連続して関脇を務め、直前2場所は準優勝と優勝同点とハイレベルの成績を残しました。

琴光喜 35勝10敗

場所地位成績三賞受賞等
2007年03月東関脇10勝5敗
2007年05月東関脇12勝3敗△
2007年07月東関脇13勝2敗△敢・技

11場所連続の関脇から大関昇進。直前場所は14日目まで1敗で、朝青龍とともに優勝争いのトップに立っていました。しかし千秋楽、稀勢の里に敗れ約6年ぶりの優勝はなりませんでした。

31歳3ヶ月で年6場所制以降の最年長昇進。

紆余曲折を経て現在は焼き肉店のオーナー。おいしいと大評判です。

白鵬 35勝10敗

場所地位成績三賞受賞等
2005年11月西小結9勝6敗
2006年01月西関脇13勝2敗△
2006年03月東関脇13勝2敗◇殊・技

約1年ぐらい上位でもがいていましたが、1月場所から完全に覚醒。2場所連続優勝争いを演じ大関に昇進。新大関場所で初優勝。

琴欧州 36勝9敗

場所地位成績三賞受賞等
2005年07月東小結12勝3敗△
2005年09月東関脇13勝2敗◇
2005年11月東関脇11勝4敗△殊・敢

直前3場所の合計負け数が1ケタの好成績。3場所とも準優勝以上。9月場所は初日から12連勝と新関脇の連勝記録を更新。年6場所制以降最速の前相撲から19場所で大関に昇進。

朝青龍 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
2002年03月西関脇11勝4敗
2002年05月東関脇11勝4敗△
2002年07月東関脇12勝3敗△

関脇2場所目の2002年3月場所から、横綱時代の2004年9月場所(9勝6敗)を除いて皆勤したすべての場所で2ケタ勝利をあげました。

栃東 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
2001年07月東関脇10勝5敗
2001年09月東関脇12勝3敗△
2001年11月東関脇12勝3敗△

大関がかかる場所で怪我すること幾たびか、5度目の正直?くらいでついに大関取り成功。

魁皇 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
2000年03月西小結8勝7敗
2000年05月西小結14勝1敗◎殊・敢
2000年07月東関脇11勝4敗

長らく関脇で停滞していましたが、2000年1月場所千秋楽に優勝した武双山で土俵下まで吹っ飛ばされて負け越す屈辱に発奮。徹底的に体をいじめ抜いて初優勝そして大関昇進につなげました。

雅山 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
2000年01月西小結12勝3敗△
2000年03月西関脇11勝4敗
2000年05月東関脇11勝4敗

幕下付け出しでの初土俵からわずか2年で大関の座を射止めました。同じ武蔵川部屋にすでに横綱大関が3人(武蔵丸、出島、武双山)いたため、成績が物足りないと反対する人もいました。

武双山 35勝10敗

場所地位成績三賞受賞等
1999年11月東小結10勝5敗
2000年01月東関脇213勝2敗◎殊・技
2000年03月東関脇12勝3敗△

何回も大関目前でケガに泣かされ続けてきましたが、部屋の後輩・出島の大関昇進に発奮。2000年1月場所に念願の初優勝。その勢いをかって次の3月場所でも好成績をおさめ大関に。

出島 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1999年03月西小結9勝6敗
1999年05月東関脇211勝4敗
1999年07月西関脇13勝2敗◎殊・敢・技

怪我を直し約1年半ぶりに関脇に戻ってきましたが、直前まで大関になるといった雰囲気はありませんでした。7月場所、横綱・曙を決定戦で破り逆転優勝。三賞全部独占して大関に昇進。

色白の肌で有名で、当時美白の女王と呼ばれていた鈴木その子の応援を受けていました。

千代大海 32勝13敗

場所地位成績三賞受賞等
1998年09月東関脇9勝6敗
1998年11月東関脇10勝5敗
1999年01月東関脇13勝2敗◎殊・敢

関脇4場所目の1999年1月場所に大爆発。1差で追いかけていた若乃花に千秋楽の相撲で勝ち決定戦に。決定戦も最初の相撲で物言いが付いて取り直し。つごう3番も相撲を取って勝ち逆転優勝しました。

5年ぶりの新大関が誕生しました。

貴ノ浪 35勝10敗

場所地位成績三賞受賞等
1993年09月西関脇10勝5敗
1993年11月東関脇12勝3敗
1994年01月西関脇13勝2敗△

相手を抱え込んで取る変則的な相撲の評判が悪かったためか、昇進直前2場所前に12勝をあげながらも三賞なし。しかしスケールの大きな相撲を取り続けて大関昇進。7日目に今まで一番も勝てなかった曙に河津掛けの奇手で初勝利しました。

武蔵丸 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1993年09月東関脇8勝7敗
1993年11月西張関脇13勝2敗◇
1994年01月東関脇12勝3敗

大関昇進まで9場所連続して関脇に在位。昇進直前2場所前の1993年11月に初めて優勝決定戦に進出するなど開眼。長い関脇生活に終止符を打ちました。

若ノ花(若花田) 37勝8敗

場所地位成績三賞受賞等
1993年03月東小結14勝1敗◎殊・技
1993年05月西関脇10勝5敗
1993年07月東関脇13勝2敗◇

1993年3月場所に初優勝。翌場所に若ノ花と改名。7月場所千秋楽は長い相撲で小錦を下し息も絶え絶えなままで、曙、貴ノ花との優勝決定巴戦に挑みましたが、曙になす術もなく敗れてしまいました。

昇進直前3場所37勝8敗は、歴代1位タイの好成績。

 貴ノ花(貴花田) 35勝10敗

場所地位成績三賞受賞等
1992年09月西小結14勝1敗◎
1992年11月西関脇10勝5敗
1993年01月東関脇11勝4敗

9月場所の優勝とそれに続くおめでたい話題が重なって、大関取り機運が高まってきましたが、思うように成績はあがらず結果は尻すぼみに。直前2場所で三賞がないのも珍しいです。

おめでたかったはずの話題がおめでたくなくなって大騒動になったことも加わり、のちの大横綱にしては大関昇進も地味になってしまいました。

20歳5ヶ月の史上最年少大関。

曙 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
1992年01月西小結13勝2敗△殊・敢
1992年03月東関脇8勝7敗
1992年05月西関脇13勝2敗◎

1月場所に貴花田(のち貴乃花)と優勝争いを演じ1差で泣いたものの、5月場所に初優勝を決め大関に昇進。

霧島 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
1989年11月西小結10勝5敗
1990年01月東小結11勝4敗△
1990年03月東関脇13勝2敗◇殊・技

2ケタ勝利を続けて、直前場所に優勝争いに加わる大勝ち。理想的な大関昇進スタイルだと思います。

旭富士 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1987年05月西関脇10勝5敗
1987年07月東関脇11勝4敗
1987年09月東関脇12勝3敗敢・技

一場所ごとに勝ち星が一つずつ増えていく形。こちらも理想的な大関昇進スタイルといえますね。

小錦 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1987年01月東関脇10勝5敗
1987年03月東関脇11勝4敗△
 1987年05月東関脇12勝3敗

一場所ごとに勝ち星が増えていく理想形。この3場所で千代の富士に3連勝! 外国出身力士初の大関となりました。

北勝海(保志) 36勝9敗

場所地位成績三賞受賞等
1986年03月西関脇13勝2敗◎殊・技
1986年05月東関脇11勝4敗
1986年07月東関脇12勝3敗

3月の初優勝後すぐに大関でもおかしくなかったですが、上に大関5人がいたので見送りに。好成績を続けて北尾(双羽黒)を横綱に押し出す形で大関昇進。

北尾 35勝10敗

場所地位成績三賞受賞等
1985年07月東前112勝3敗△殊・技
1985年09月西関脇11勝4敗
1985年11月東関脇12勝3敗△

7月場所平幕ながら、2横綱3大関を撃破し準優勝。これで勢いをつけて新入幕からわずか8場所で大関に昇進。

大乃国 31勝14敗

場所地位成績三賞受賞等
1985年03月西関脇9勝6敗
1985年05月東関脇10勝5敗
1985年07月東関脇12勝3敗△

1984年1月場所の新関脇以来、1場所を除いてずっと関脇を張っていましたが、決定打が出ていませんでした。少し甘い成績ですが将来の期待値込みでしょう。

北天佑 37勝8敗

場所地位成績三賞受賞等
1983年01月東関脇11勝4敗
1983年03月西関脇12勝3敗△
1983年05月東関脇14勝1敗◎殊・技

直前3場所好成績歴代1位タイ。スケールの大きい豪快な取り口で誰しもが横綱になるのを疑いませんでしたが……。

朝潮 35勝10敗

場所地位成績三賞受賞等
1982年11月東前19勝6敗
1983年01月西関脇14勝1敗◇殊・技
1983年03月東関脇12勝3敗△

6度目の大関挑戦で成就。3月場所14日目までで3敗。千秋楽の相撲に負けたら大関昇進見送りのピンチで隆の里に勝利。念願の大関に。

若島津 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
1982年07月東小結10勝5敗
1982年09月東関脇12勝3敗△敢・技
1982年11月東関脇12勝3敗△

直前2場所、安定した好成績で大関に昇進。夫人は元アイドル歌手の高田みづえ。

隆の里 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1981年09月西張小結10勝5敗
1981年11月東関脇11勝4敗
1982年01月東関脇12勝3敗△

ライバル千代の富士に遅れること一年。当時最スローの82場所、29歳3ヶ月での大関昇進。

琴風 31勝14敗

場所地位成績三賞受賞等
1981年05月西関脇9勝6敗
1981年07月東関脇10勝5敗
1981年09月東関脇12勝3敗◎

千代の富士が横綱に昇進したことにより、大関が一人もいなくなったタイミングも重なって、直前31勝ながら初優勝を手土産に大関に昇進。

千代の富士 35勝10敗

場所地位成績三賞受賞等
1980年09月東小結10勝5敗
1980年11月東関脇11勝4敗
1981年01月東関脇14勝1敗◎殊・技

1年前には「ポスト鷲羽山」(「相撲」1980年2月号)としか見られていなかった小兵力士が、脱臼癖を克服するために身につけた筋肉の鎧と劇的な取り口の変化で一気に初優勝。全国にウルフフィーバーを巻き起こしました。

昇進直前に5回技能賞を受賞。バラエティ番組等で上手い言い回しを決めたときなどに「なにせ技能賞5回だからね!」と返すウルフギャグはここからきています。

増位山 31勝14敗

場所地位成績三賞受賞等
1979年09月東小結8勝7敗
1979年11月西関脇11勝4敗
1980年01月東関脇12勝3敗△

大関が貴ノ花ひとりというタイミングで好成績をあげ、ワンチャンスで大関取りに成功。幕内通算成績が422勝435敗18休と負け越しているのは大関としては異例。

「そんな女のひとりごと」が130万枚のミリオンヒット。

魁傑(2回目) 36勝9敗

場所地位成績三賞受賞等
1976年09月西前414勝1敗◎
1976年11月西関脇11勝4敗
1977年01月西関脇11勝4敗

一度大関を陥落して平幕からの復活。優勝が燦然と輝いていますね。二度目の大関は4場所で陥落。

若三杉 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1976年09月西関脇11勝4敗
1976年11月東関脇11勝4敗
1977年01月東関脇11勝4敗

直前3場所とも11勝という絵に描いたようなザ・平均。のち横綱・若乃花(2代目)。

旭国 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1975年11月西関脇8勝7敗
1976年01月東関脇12勝3敗△
1976年03月東関脇13勝2敗◇

膵臓炎などの病魔と闘いながら大関の座をつかみました。

三重ノ海 32勝13敗

場所地位成績三賞受賞等
1975年07月東関脇8勝7敗
1975年09月東張関脇11勝4敗
1975年11月東関脇13勝2敗◎殊・技

2場所前まではわりと平凡な成績でしたが、直前の優勝で一気に決めた感じ。陥落の魁傑と入れ替わる形になりました。

魁傑 30勝15敗

場所地位成績三賞受賞等
1974年09月東張関脇7勝8敗*負け越し
1974年11月西張小結12勝3敗◎
1975年01月東関脇11勝4敗△

3場所前が負け越しなのは若羽黒と二人だけ。大関が貴ノ花ひとりだけという状況もあって30勝での甘い昇進になりました。在位5場所で陥落。

北の湖 32勝13敗

場所地位成績三賞受賞等
1973年09月東小結8勝7敗
1973年11月東関脇10勝5敗
1974年01月東関脇14勝1敗◎

新関脇の1973年11月は、12日目に足首を骨折しながら強行出場して千秋楽に10勝目をあげ、翌場所の大関昇進につなげました。

大受 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
1973年03月東小結10勝5敗
1973年05月東関脇11勝4敗△殊・技
1973年07月東関脇13勝2敗殊・敢・技

大関昇進直前の7月場所は持ち味の押しが冴え13勝。史上初めて三賞をひとりで独占しました。

輪島 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1972年05月西関脇12勝3敗◎
1972年07月東関脇8勝7敗
1972年09月東張関脇13勝2敗△

幕下付け出しデビューから約2年半で大関の座に!

貴ノ花 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1972年05月東小結11勝4敗△
1972年07月西関脇12勝3敗△敢・技
1972年09月東関脇10勝5敗

9月場所千秋楽、場所後大関同時昇進を決める輪島との水入り大相撲は今でも語り草。

直前場所10勝での昇進は、約40年後に稀勢の里が記録。

大麒麟 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1970年05月西関脇9勝6敗
1970年07月西関脇12勝3敗
1970年09月東関脇12勝3敗

大事な一番になると固くなって星を落としてしまっていましたが、ようやく大願成就。

前乃山(前の山) 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
1970年03月西張関脇9勝6敗
1970年05月東関脇12勝3敗△
1970年07月東関脇13勝2敗◇

1970年7月場所は、横綱・北の富士との優勝決定戦に挑み惜しくも敗退。

清国 31勝14敗

場所地位成績三賞受賞等
1969年01月西小結10勝5敗
1969年03月西関脇9勝6敗
1969年05月西関脇12勝3敗△

横綱・大鵬とは同期。大鵬に遅れること約8年にして大関に昇進。新大関で優勝。

琴桜 32勝13敗

場所地位成績三賞受賞等
1967年05月東小結10勝5敗
1967年07月西関脇11勝4敗△
1967年09月東関脇11勝4敗

北の富士、玉乃島らに遅れること1年で大関の座を手中に。

玉乃島 30勝15敗

場所地位成績三賞受賞等
1966年05月西関脇10勝5敗
1966年07月西関脇9勝6敗
1966年09月東関脇11勝4敗

大関が豊山と北の富士のふたりだけだったということもあって、30勝で大関に昇進。のち横綱・玉の海。

北の富士 28勝17敗

場所地位成績三賞受賞等
1966年03月東関脇8勝7敗
1966年05月東関脇10勝5敗
1966年07月東関脇10勝5敗

大関が豊山ひとりという状況で、わずか28勝で大関に昇進。本人もまさか昇進できるとは思わず使者を迎えてびっくり仰天。

後々まで、このネタでいじられることに。

豊山 37勝8敗

場所地位成績三賞受賞等
1962年09月西前212勝3敗殊・敢
1962年11月東関脇12勝3敗△殊・敢
1963年01月東関脇13勝2敗△殊・敢

3場所成績歴代1位タイの好成績。幕下10枚目格での初土俵から2年での昇進。大学相撲出身者初の大関へ。

栃光 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
1962年01月西前411勝4敗
1962年03月西小結10勝5敗
1962年05月西張関脇13勝2敗△

前頭→小結→関脇→大関と、ひと場所ごとに階級があがっていきました。弟弟子・栃ノ海と同時昇進。

栃ノ海 32勝13敗

場所地位成績三賞受賞等
1962年01月東関脇9勝6敗
1962年03月西関脇9勝6敗
1962年05月西関脇14勝1敗◎敢・技

関脇で一けた勝利が続いていましたが、横綱・大鵬を破るなど14勝1敗で初優勝。一気に大関の座を勝ち取りました。

佐田の山(佐田乃山) 30勝15敗

場所地位成績三賞受賞等
1961年11月東張関脇8勝7敗
1962年01月西関脇9勝6敗
1962年03月東張関脇13勝2敗◎

栃ノ海と同様、関脇一けた勝利からの直前場所優勝で昇進の形。平幕優勝は出世しない(横綱大関になれない)というジンクスを打ち破りました。

北葉山 28勝17敗

場所地位成績三賞受賞等
1961年01月東関脇8勝7敗
1961年03月東関脇9勝6敗
1961年05月東関脇11勝4敗△殊勲賞

直前3場所でわずか28勝。大関も4人いる状況での昇進は不可解なものがありますが、新小結昇進以来12場所連続三役を保ち続けたのを評価してのことでしょうか?

大鵬 36勝9敗

場所地位成績三賞受賞等
1960年07月西小結11勝4敗
1960年09月西関脇12勝3敗△
1960年11月東関脇13勝2敗◎

1960年1月場所で新入幕して、わずか1年6場所で大関に昇進。直前場所は優勝しながら三賞もらえず。

柏戸 30勝15敗

場所地位成績三賞受賞等
1960年03月西張関脇9勝6敗
1960年05月西関脇10勝5敗
1960年07月東関脇11勝4敗殊・技

ライバル大鵬よりも2場所早く大関に昇進。将来を嘱望されていたとはいえ、当時でもギリギリのライン。

若羽黒 30勝15敗

場所地位成績三賞受賞等
1959年05月東関脇7勝8敗*負け越し
1959年07月西小結11勝4敗
1959年09月西張関脇12勝3敗△

3場所前が負け越しなのは魁傑(1回目)と二人だけ。新大関の場所は、千秋楽に自らをスカウトした部屋の19代式守伊之助最後の裁きの相撲で勝利し、恩人の目の前で初優勝。

琴ヶ浜 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
1957年11月東関脇10勝5敗
1958年01月東関脇11勝4敗
1958年03月東関脇13勝2敗◇殊・技

1957年11月、1958年1月と、当時の基準では厳しいとみられる大関見送りにもめげず好成績で昇進を決めました。

朝汐 29勝16敗

場所地位成績三賞受賞等
1956年09月東関脇8勝7敗
1957年01月東関脇8勝7敗
1957年03月西関脇13勝2敗◎

大関昇進を決める1年前の1956年3月場所に関脇で12勝3敗の初優勝。それからすぐに大関昇進を決めるかと思いきや、なんと関脇で3場所連続8勝7敗。相性の良い大阪の3月場所で1年ぶりの優勝をとげ、ようやく大関に昇進しました。この間、朝潮のファンはやきもきしたでしょうね。

若ノ花 28勝15敗2分

場所地位成績三賞受賞等
1955年03月西関脇10勝4敗1分
1955年05月西関脇8勝7敗
1955年09月西関脇10勝4敗1分

直前3場所で28勝は当時でも低いライン。9月場所の横綱・千代の山との合計17分15秒にもわたる引き分けの死闘が評価されて昇進。

松登 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
1955年03月西張関脇11勝4敗
1955年05月東関脇8勝7敗
1955年09月東関脇13勝2敗△

若ノ花と同時に大関昇進。

大内山 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1954年09月東関脇9勝6敗
1955年01月西関脇11勝4敗
1955年03月東関脇13勝2敗◇

直前場所は優勝同点(決定戦で千代の山に敗れる)。新大関場所の千秋楽は横綱・栃錦の首投げに屈したものの、その取組は「Number」誌の大相撲名勝負アンケートで1位に輝いたこともある死闘でした。

三根山 33勝12敗

場所地位成績三賞受賞等
1953年01月西張小結10勝5敗
1953年03月東関脇11勝4敗
1953年05月東関脇12勝3敗

三役連続10場所務めての大関昇進。

栃錦 34勝11敗

場所地位成績三賞受賞等
1952年01月東張関脇10勝5敗殊・技
1952年05月東関脇10勝5敗
1952年09月西関脇14勝1敗◎

5場所連続の技能賞(通算では9回受賞)をひっさげて、堂々の初優勝と共に大関昇進。

鏡里 28勝17敗

場所地位成績三賞受賞等
1950年05月東関脇9勝6敗
1950年09月東関脇8勝7敗
1951年01月西関脇11勝4敗

当時の基準としても、けっこう甘めな昇進。

吉葉山 36勝9敗

場所地位成績三賞受賞等
1950年05月東前110勝5敗
1950年09月東張関脇13勝2敗◇
1951年01月東関脇13勝2敗△

昇進直前2場所前が新関脇(新三役)というのは、照ノ富士と似たような形。鏡里と同時昇進。

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