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【大相撲記録】千秋楽7勝7敗で迎えたカド番大関の成績

2017/01/19

大関は2場所連続して負け越すと、関脇へと地位が下がります。

前場所に負け越してしまった大関を「カド番大関」と呼び、関脇へ落ちないために勝ち越しめざして必死に戦うわけです。

8番勝って勝ち越せば、無事に大関の座は守れるのですが、千秋楽を前に7勝7敗と崖っぷちに追い込まれてしまう例もあります。

2015年1月場所の豪栄道がまさにそうでした。

そんな崖っぷち体験をした大関を見てみましょう。


千秋楽7勝7敗で迎えたカド番大関の成績

※大関は2場所連続負け越しで関脇に陥落。ただし、1958年1月から1969年5月までは3場所連続負け越しで関脇に陥落。

場所 カド番大関 勝敗 相手(地位)
1941年05月 五ツ嶋 照国(関脇)
1950年09月 汐ノ海 鏡里(関脇)
1958年05月 松登 安念山(関脇)
1974年09月 大麒麟 貴ノ花(大関)
1977年07月 三重ノ海 大潮(前頭5)
1988年07月 朝潮 北天佑(大関)
2001年03月 出島 朝青龍(前頭6)
2003年05月 武双山 魁皇(大関)
2006年03月 魁皇 白鵬(関脇)
2009年05月 千代大海 把瑠都(関脇)
2013年05月 琴欧洲 鶴竜(大関)
2015年01月 豪栄道 琴奨菊(大関)
2015年07月 琴奨菊 照ノ富士(大関)
2015年11月 豪栄道 栃煌山(関脇)
2016年07月 照ノ富士 魁聖(関脇)

 

追い込まれて火事場の馬鹿力的なものが出るのか、14人中13人が勝利するという結果になっています。

 

唯一負けたのが、戦前の五ツ嶋。9日目を終わった段階で7勝2敗とカド番脱出まであと一番と迫りながら終盤6連敗で負け越して関脇に陥落。関脇に落ちた翌場所は全休してそのまま引退(廃業)してしまいました。

 

本場所の回数が現在と同じ年6回になった1958年から、3場所連続連続負け越しで関脇に陥落という規則になりました(1969年5月場所まで)。この間にカド番7勝7敗の危機を経験したのは松登だけです。陥落の危機を乗り越えたものの、翌場所から3場所連続負け越しでついに大関の座を明け渡しました。

 

大麒麟は勝って無事にカド番を脱出したものの、翌1974年11月場所途中で現役引退してしまいました。

 

のちに横綱に昇進した大関で、この窮地に立たされた経験があるのは三重ノ海だけ。1977年ごろは大関として勝ち越すのがやっとの成績が続いていましたが2年後に横綱に昇進。あきらめてはいけないということですね。

 

2001年3月場所に窮地に立たされたのは出島。対戦相手は入幕2場所目で10勝目と敢闘賞がかかる朝青龍。前場所の新入幕のときも10勝目と敢闘賞がかかった状態で千秋楽にのぞみ敗れていただけあって気合で戦いましたが、大関の座を死守しようとする出島の執念が上回りました。

 

2006年3月の魁皇のときは、優勝争いにも大きな影響をあたえました。朝青龍と白鵬の二人が1敗のまま並走して千秋楽を迎えました。初優勝を目指す白鵬と大関転落瀬戸際の魁皇との対戦となり、魁皇が一門の先輩の意地で白鵬を退け大関の座を守りました。(その後1敗の朝青龍も栃東に敗れ優勝決定戦になり、 朝青龍が白鵬を下し16回目の優勝)

 

ちなみにカド番とは関係ないですが、琴光喜が2008年1月場所から3月、5月と3場所連続で千秋楽を7勝7敗で迎え、いずれも勝ち越すという記録を作っています。

 

史上初めて2度カド番で7勝7敗の千秋楽を経験したのは豪栄道。2015年の1月と11月の2回でどちらも勝利し大関残留。豪栄道にとって2015年はカド番脱出に始まりカド番脱出に終わった1年でした。

 

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