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【プロ野球】入団1~2年目で移籍した選手

2017/01/28

 

FAでヤクルトから巨人へ移籍する相川亮二捕手の人的補償として2014年に巨人に入団したばかりの奥村展征内野手(19歳、日大山形高)が選ばれました。

お 奥村展征 15010901

入団してわずか1年で他球団へ移籍するのは珍しいことです。かなり期待されていた選手でしたのでプロテクトから外れていたのが不思議という見方もあるようです。なんにしても新天地でがんばってほしいものです。

このように入団1年~2年というきわめて短い期間で他球団に移籍することになりながらも、その後活躍した主な選手を取り上げてみます。戦前・終戦直後の球団の統廃合が多かった時期や、元から契約年数の短い外国人助っ人選手などは除きます。

 

田中尊 (捕手) 南海→広島

1955年に高松商業高から南海に入団。2年在籍ののち1957年に広島に移籍。広島でレギュラーとなり、捕手としては広島球団史上最多の試合数。南海では1956年に野村克也がレギュラー捕手として定着し、その後本塁打王・三冠王となって行ったので、そのまま南海に残っていたら試合に出ることもままならなかったでしょう。移籍して大正解でした。

 

柳田真宏(外野手) 西鉄→巨人

や 柳田真宏 011967年に九州学院高から西鉄に入団し、1969年に巨人に移籍。層の厚い巨人軍でなかなか出番がありませんでしたが、だんだんと試合出場も増え、第一次長嶋監督時代には「史上最強の五番打者」と言われるまでに。1976年まで登録名は柳田俊郎。1980年に阪急に移籍しますが1981年に再び巨人に戻ってきます。歌手としても活動。

 

佐藤政夫(投手)  巨人→ロッテ

1970年に電電東北から巨人に入団。わずか1年の在籍で1971年にロッテに移籍しました。さらに1973年の途中に中日に移籍。翌年の長嶋茂雄現役最後の試合で最後の対戦投手となり併殺に仕留めました。巨人に入団した年に長嶋茂雄の打撃投手を務めたという因縁も。

その後、1981年に大洋に移籍。1985年にはロッテに移籍するなど貴重な左投手として息の長い活躍をしました。

 

江本孟紀(投手) 東映→南海

え 江本孟紀 01

1971年に熊谷組から東映に入団。ブルペンで投げていたところを対戦相手の野村克也監督に見初められ、翌年1972年に南海に移籍。ルーキーの年に1勝もできませんでしたが、この年から阪神に移籍後の1979年まで8年連続で2桁勝利を記録しました。1981年に「ベンチがアホやから」と阪神を辞め、著書『プロ野球を10倍楽しく見る方法』が大ベストセラーに。

 

永射保(投手) 広島→太平洋

な 永射保 01

1972年に指宿商業高から広島に入団。2年在籍したのち1974年に太平洋に移籍。チーム名が太平洋→クラウンライター→西武と変わっていくなか、対左打者用の左腕として貴重な活躍をみせました。特にロッテの強打者リーを完全に封じ込めました。常勝西武ライオンズの初期を支えた名投手。その後1987年に大洋、1990年にダイエーに移籍。

 

西山秀二(捕手) 南海→広島

に 西山秀二 02

1986年に上宮高から南海に入団。翌年1987年の途中に広島に移籍。1992年に名捕手・達川光男が引退したあと正捕手になりました。南海から広島に移籍という流れは先輩捕手・田中尊と同じ。2005年に巨人に移籍し引退。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ブログを書いている人=まるほん

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