プロ野球 …プロ野球記録

【ドラフト】京大の選手が指名されたということで、今までの東大出身のプロ野球選手をまとめてみた

ど ドラフト2014 14102301

10月23日は、来年度新入団選手を選択するプロ野球ドラフト会議が開かれました。

早大・有原投手、済美高・安楽投手など注目を集める選手が多いなか、話題になっているのが京大・田中英祐投手。直球の最速は149キロ。スライダーが武器の右腕です。

その田中投手が千葉ロッテに第2位でドラフト指名され、京大出身としては史上初のプロ野球選手誕生となりそうです。

 

西の大学の雄・京大出身のプロ野球選手は今まで一人もいませんでしたが、東の大学の雄・東大出身のプロ野球選手は今までに5人います。

今日はこの5人の選手を紹介します。

 

新治伸治(大洋)・1965年 投手

東大出身初のプロ野球選手は、1965年に大洋ホエールズ(DeNAベイスターズの前身)に入団した新治伸治(にいはり しんじ)投手。

大卒社員として普通に大洋漁業(現・ニチロマルハ)に入社しましたが、目玉がほしい当時の三原監督の考えで、東京六大学で活躍していた新治をオーナー命令で子会社への出向扱いで大洋ホエール図に入団させました。ドラフト制度導入直前のことでした。

主にリリーフとして1968年まで投げ、通算9勝6敗防御率3.29とまずますの成績を残しています。

最初の頃はあまり期待されていなかったので、敗戦処理として伸び伸び投げていたのですが、ある試合で負け試合濃厚だったのに、味方の打線が爆発して逆転、今度は一転リードを背負って投げることになりました。しかし東大は皆さんもご存知のとおり全然勝てないチームでおなじみ。自チームがリードして投げる展開などあまり経験してこなかったため緊張でガチガチになり、打ち込まれてしまったということです。

 

井手峻(中日)・1967年 投手→外野手

ドラフトで指名されて入団した初の東大出身選手は、1966年の第2次ドラフト会議で中日に3位指名された井手峻(いで たかし)。

一年目の1967年に1勝しますが、1970年に外野手に転向。主に守備固めや代走での起用。

1973年5月5日の巨人戦(後楽園)、5対5の延長10回表二死で、巨人のエース高橋一三から決勝ホームランを打ったのが生涯唯一のホームラン。終盤守備固めで起用されて打席が回ってきたのでした。1973年5月5日巨人ー中日5回戦スコアテーブル

このホームランが、日本プロ野球史上東大出身者が打った唯一のホームランということになります。

引退後は一貫として中日ドラゴンズのフロントとして活躍しています。

井手の名前は「燃えよドラゴンズ」の歌詞のにも出ています。

 

小林至(ロッテ)・1992年 投手

東大出身者として25年ぶりにドラフトで指名されました(8位)。2年間の現役生活で一軍登板はなし。引退後は海外留学でNBA取得するなどしたのち、福岡ソフトバンクホークスのフロント入り。杉内投手との交渉で揉めちゃったりしました。

 

遠藤良平(日本ハム)・2000年 投手

日本ハムからドラフト7位指名を受け東大出身者4人目のプロ野球選手に。2年目の2001年10月1日の西武戦にワンポイントでリリーフ登板。玉野に三塁内野安打を打たれました。結局これが唯一の一軍登板となり、2001年のシーズンをもって現役引退となりました。

 

松家卓弘(横浜)・2005年 投手

名前の読みは、まつか たかひろ。ドラフト会議9巡目の指名で横浜に入団。5年目の2009年6月10日に一軍初登板。シーズン後、北海道日本ハムに交換トレードで移籍。東大出身者初のトレード経験者になりました。

2010年には日本ハムでも一軍登板を果たしましたが、2011年、2012年と登板の機会はなく退団ということになりました。

 

 

東大出身者5人が一軍であげた通算勝利は10勝、ホームランは1本。

なかなか実力的には厳しいものがありましたが、これからも果敢にプロに飛び込んでくれる東大京大出身者が出てくると思いますので、期待しましょう。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ブログを書いている人=まるほん

握手会アンバサダー
松井玲奈推しのKSDD
大相撲記録アナリスト
野球記録調査員
サザン愛好家
カラアゲニスト志望
etc……
まるほんの詳しいプロフィールはこちら

フォローしていただけたら泣いて喜びます。

Twitter @maruhon38

   
Google+ まるほん


Feedlyに登録できます。
follow us in feedly

-プロ野球, …プロ野球記録