……大相撲記録

【大相撲記録】大関昇進直前3場所の成績

2017/05/31

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よく「3場所通算33勝」が昇進条件といわれますが、規則で決まっているわけでなはく、あくまでも目安にしかすぎません。

これ以上良い成績を残しても大関にあがれないケースもありますし、また低い成績でも大関にあがるケースもあります。

あくまでも周りの状況。

横綱大関の人数が少ない時期だったり、人気が低迷気味な時期に大関昇進という慶事を起爆剤にしたいという思惑があったりすると、それほどの成績でなくてもあがる場合もありえます。

 

15日制が定着した1949年以降に大関に昇進した力士の、直前3場所の成績をまとめてみました。順番に遡っていく形になっています。

【参考】昭和以降大関一覧

 

大関昇進直前3場所の成績

◎優勝 ◇優勝同点 △準優勝

四股名の後の数字は直前3場所の合計成績。

 

高安 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
2017年01月 東小結 11勝4敗 敢闘賞
2017年03月 西関脇 12勝3敗 殊勲賞
2017年05月 西関脇 11勝4敗 技能賞

横綱稀勢の里の初優勝・横綱昇進に続き田子ノ浦部屋に慶事が訪れました。本名大関は輪島、北尾、出島以来4人目。

 

照ノ富士 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
2015年01月 東前2 8勝7敗 敢闘賞
2015年03月 東関脇 13勝2敗△ 殊勲賞 敢闘賞
2015年05月 東関脇 12勝3敗◎ 殊勲賞

2場所前の2015年3月場所が新三役。三役わずか2場所で大関に昇進。5月場所では11日目までに3敗し大関取りは翌場所に持ち越しになったかにみえましたが、終盤トップに並び逆転優勝を果たしたことで大関昇進なりました。

 

豪栄道 32勝13敗

場所 地位 成績 備考
2014年03月 東関脇 12勝3敗△ 殊勲賞
2014年05月 東関脇 8勝7敗 殊勲賞
2014年07月 東関脇 12勝3敗△ 殊勲賞

関脇在位中に連続2桁勝利が無いという不安定さが残りますが、14場所連続関脇在位の実績と昇進直前2場所続けて白鵬に土を付けたことで、これからの期待料込みといったところかも。

 

鶴竜 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
2011年11月 西関脇 10勝5敗
2012年01月 東関脇 10勝5敗 殊勲賞
2012年03月 東関脇 13勝2敗◇ 殊勲賞、技能賞

初顔から20連敗していた白鵬に初めて勝ったのが昇進2場所前の2012年1月場所。翌場所も続けて白鵬を撃破し、その勢いのまま優勝同点まで持ち込み大関昇進まで掴みとりました。

鶴竜の昇進により史上初の6大関に。(2012年9月場所まで)

 

稀勢の里 32勝13敗

場所 地位 成績 備考
2011年07月 西関脇 10勝5敗
2011年09月 西関脇 12勝3敗△ 殊勲賞
2011年11月 東関脇 10勝5敗 技能賞

直前場所10勝をあげたもの、3場所合計32勝はぎりぎり。早くから大関昇進が期待されていただけあって、ちょっと甘い昇進では、との声も。

 

琴奨菊 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
2011年05月 東関脇 10勝5敗
2011年07月 東関脇 11勝4敗 殊勲賞
2011年09月 東関脇 12勝3敗△ 殊勲賞、技能賞

上位の厚い壁に阻まれ続けていましたが、メンタル面の強化が功を奏して関脇で4場所連続の2ケタ勝利、特に直前の2場所は連続して白鵬を破りました。

 

把瑠都 35勝10敗

場所 地位 成績 備考
2009年11月 東関脇 9勝6敗
2010年01月 東関脇 12勝3敗△ 殊勲賞
2010年03月 東関脇 14勝1敗△ 敢闘賞、技能賞

大関昇進直前場所は、11日目に全勝優勝した白鵬に敗れただけの14勝1敗。文句なしの大関昇進。

 

日馬富士(安馬) 35勝10敗

場所 地位 成績 備考
2008年07月 東関脇 10勝5敗 技能賞
2008年09月 東関脇 12勝3敗△  殊勲賞
2008年11月 東関脇 13勝2敗◇ 技能賞

6場所連続して関脇を務め、直前2場所は準優勝と優勝同点とハイレベルの成績を残しました。

 

琴光喜 35勝10敗

場所 地位 成績 備考
2007年03月 東関脇 10勝5敗
2007年05月 東関脇 12勝3敗△
2007年07月 東関脇 13勝2敗△ 敢闘賞、技能賞

11場所連続の関脇から大関昇進。直前場所は14日目まで1敗で、朝青龍とともに優勝争いのトップに立っていました。しかし千秋楽、稀勢の里に敗れ約6年ぶりの優勝はなりませんでした。

31歳3ヶ月で年6場所制以降の最年長昇進。

紆余曲折を経て現在は焼き肉店のオーナー。おいしいと大評判です。

 

白鵬 35勝10敗

場所 地位 成績 備考
2005年11月 西小結 9勝6敗
2006年01月 西関脇 13勝2敗△ 殊勲賞
2006年03月 東関脇 13勝2敗◇ 殊勲賞、技能賞

約1年ぐらい上位でもがいていましたが、1月場所から完全に覚醒。2場所連続優勝争いを演じ大関に昇進。新大関場所で初優勝。

 

琴欧州 36勝9敗

場所 地位 成績 備考
2005年07月 東小結 12勝3敗△ 殊勲賞
2005年09月 東関脇 13勝2敗◇ 敢闘賞
2005年11月 東関脇 11勝4敗△ 殊勲賞、敢闘賞

直前3場所の合計負け数が1ケタの好成績。3場所とも準優勝以上。9月場所は初日から12連勝と新関脇の連勝記録を更新。年6場所制以降最速の前相撲から19場所で大関に昇進。

 

朝青龍 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
2002年03月 西関脇 11勝4敗 殊勲賞
2002年05月 東関脇 11勝4敗△ 敢闘賞
2002年07月 東関脇 12勝3敗△ 殊勲賞

関脇2場所目の2002年3月場所から、横綱時代の2004年9月場所(9勝6敗)を除いて皆勤したすべての場所で2ケタ勝利をあげました。

 

栃東 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
2001年07月 東関脇 10勝5敗 技能賞
2001年09月 東関脇 12勝3敗△
2001年11月 東関脇 12勝3敗△ 技能賞

大関がかかる場所で怪我すること幾たびか、5度目の正直?くらいでついに大関取り成功。

 

魁皇 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
2000年03月 西小結 8勝7敗
2000年05月 西小結 14勝1敗◎ 殊勲賞、敢闘賞
2000年07月 東関脇 11勝4敗 殊勲賞

長らく関脇で停滞していましたが、2000年1月場所千秋楽に優勝した武双山で土俵下まで吹っ飛ばされて負け越す屈辱に発奮。徹底的に体をいじめ抜いて初優勝そして大関昇進につなげました。

 

雅山 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
2000年01月 西小結 12勝3敗△ 殊勲賞
2000年03月 西関脇 11勝4敗 敢闘賞
2000年05月 東関脇 11勝4敗 敢闘賞

幕下付け出しでの初土俵からわずか2年で大関の座を射止めました。同じ武蔵川部屋にすでに横綱大関が3人(武蔵丸、出島、武双山)いたため、成績が物足りないと反対する人もいました。

 

武双山 35勝10敗

場所 地位 成績 備考
1999年11月 東小結 10勝5敗
2000年01月 東関脇2 13勝2敗◎ 殊勲賞、技能賞
2000年03月 東関脇 12勝3敗△ 技能賞

何回も大関目前でケガに泣かされ続けてきましたが、部屋の後輩・出島の大関昇進に発奮。2000年1月場所に念願の初優勝。その勢いをかって次の3月場所でも好成績をおさめ大関に。

 

出島 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1999年03月 西小結 9勝6敗
1999年05月 東関脇2 11勝4敗
1999年07月 西関脇 13勝2敗◎ 殊勲賞、敢闘賞、技能賞

怪我を直し約1年半ぶりに関脇に戻ってきましたが、直前まで大関になるといった雰囲気はありませんでした。7月場所、横綱・曙を決定戦で破り逆転優勝。三賞全部独占して大関に昇進。

色白の肌で有名で、当時美白の女王と呼ばれていた鈴木その子の応援を受けていました。

 

千代大海 32勝13敗

場所 地位 成績 備考
1998年09月 東関脇 9勝6敗 技能賞
1998年11月 東関脇 10勝5敗
1999年01月 東関脇 13勝2敗◎ 殊勲賞、敢闘賞

関脇4場所目の1999年1月場所に大爆発。1差で追いかけていた若乃花に千秋楽の相撲で勝ち決定戦に。決定戦も最初の相撲で物言いが付いて取り直し。つごう3番も相撲を取って勝ち逆転優勝しました。

5年ぶりの新大関が誕生しました。

 

貴ノ浪 35勝10敗

場所 地位 成績 備考
1993年09月 西関脇 10勝5敗
1993年11月 東関脇 12勝3敗
1994年01月 西関脇 13勝2敗△ 敢闘賞

相手を抱え込んで取る変則的な相撲の評判が悪かったためか、昇進直前2場所前に12勝をあげながらも三賞なし。しかしスケールの大きな相撲を取り続けて大関昇進。7日目に今まで一番も勝てなかった曙に河津掛けの奇手で初勝利しました。

 

武蔵丸 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1993年09月 東関脇 8勝7敗
1993年11月 西張関脇 13勝2敗◇ 殊勲賞
1994年01月 東関脇 12勝3敗 技能賞

大関昇進まで9場所連続して関脇に在位。昇進直前2場所前の1993年11月に初めて優勝決定戦に進出するなど開眼。長い関脇生活に終止符を打ちました。

 

若ノ花(若花田) 37勝8敗

場所 地位 成績 備考
1993年03月 東小結 14勝1敗◎ 殊勲賞、技能賞
1993年05月 西関脇 10勝5敗 殊勲賞 ※若ノ花に改名
1993年07月 東関脇 13勝2敗◇ 技能賞

1993年3月場所に初優勝。翌場所に若ノ花と改名。7月場所千秋楽は長い相撲で小錦を下し息も絶え絶えなままで、曙、貴ノ花との優勝決定巴戦に挑みましたが、曙になす術もなく敗れてしまいました。

昇進直前3場所37勝8敗は、歴代1位タイの好成績。

 

 貴ノ花(貴花田) 35勝10敗

場所 地位 成績 備考
1992年09月 西小結 14勝1敗◎ 殊勲賞
1992年11月 西関脇 10勝5敗
1993年01月 東関脇 11勝4敗

9月場所の優勝とそれに続くおめでたい話題が重なって、大関取り機運が高まってきましたが、思うように成績はあがらず結果は尻すぼみに。直前2場所で三賞がないのも珍しいです。

おめでたかったはずの話題がおめでたくなくなって大騒動になったことも加わり、のちの大横綱にしては大関昇進も地味になってしまいました。

20歳5ヶ月の史上最年少大関。

 

曙 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
1992年01月 西小結 13勝2敗△ 殊勲賞、敢闘賞
1992年03月 東関脇 8勝7敗
1992年05月 西関脇 13勝2敗◎ 殊勲賞

1月場所に貴花田(のち貴乃花)と優勝争いを演じ1差で泣いたものの、5月場所に初優勝を決め大関に昇進。

 

霧島 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
1989年11月 西小結 10勝5敗
1990年01月 東小結 11勝4敗△ 殊勲賞
1990年03月 東関脇 13勝2敗◇ 殊勲賞、技能賞

2ケタ勝利を続けて、直前場所に優勝争いに加わる大勝ち。理想的な大関昇進スタイルだと思います。

 

旭富士 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1987年05月 西関脇 10勝5敗 技能賞
1987年07月 東関脇 11勝4敗 技能賞
1987年09月 東関脇 12勝3敗 敢闘賞、技能賞

一場所ごとに勝ち星が一つずつ増えていく形。こちらも理想的な大関昇進スタイルといえますね。

 

小錦 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1987年01月 東関脇 10勝5敗 殊勲賞
1987年03月 東関脇 11勝4敗△
 1987年05月 東関脇 12勝3敗 敢闘賞

一場所ごとに勝ち星が増えていく理想形。この3場所で千代の富士に3連勝! 外国出身力士初の大関となりました。

 

北勝海(保志) 36勝9敗

場所 地位 成績 備考
1986年03月 西関脇 13勝2敗◎ 殊勲賞、技能賞
1986年05月 東関脇 11勝4敗 敢闘賞
1986年07月 東関脇 12勝3敗 殊勲賞

3月の初優勝後すぐに大関でもおかしくなかったですが、上に大関5人がいたので見送りに。好成績を続けて北尾(双羽黒)を横綱に押し出す形で大関昇進。

 

北尾 35勝10敗

場所 地位 成績 備考
1985年07月 東前頭1 12勝3敗△ 殊勲賞、技能賞
1985年09月 西関脇 11勝4敗 殊勲賞
1985年11月 東関脇 12勝3敗△ 殊勲賞

7月場所平幕ながら、2横綱3大関を撃破し準優勝。これで勢いをつけて新入幕からわずか8場所で大関に昇進。

 

大乃国 31勝14敗

場所 地位 成績 備考
1985年03月 西関脇 9勝6敗
1985年05月 東関脇 10勝5敗 殊勲賞
1985年07月 東関脇 12勝3敗△ 敢闘賞

1984年1月場所の新関脇以来、1場所を除いてずっと関脇を張っていましたが、決定打が出ていませんでした。少し甘い成績ですが将来の期待値込みでしょう。

 

北天佑 37勝8敗

場所 地位 成績 備考
1983年01月 東関脇 11勝4敗 敢闘賞
1983年03月 西関脇 12勝3敗△ 敢闘賞
1983年05月 東関脇 14勝1敗◎ 殊勲賞、技能賞

直前3場所好成績歴代1位タイ。スケールの大きい豪快な取り口で誰しもが横綱になるのを疑いませんでしたが……。

 

朝潮 35勝10敗

場所 地位 成績 備考
1982年11月 東前頭1 9勝6敗
1983年01月 西関脇 14勝1敗◇ 殊勲賞、技能賞
1983年03月 東関脇 12勝3敗△ 殊勲賞

6度目の大関挑戦で成就。3月場所14日目までで3敗。千秋楽の相撲に負けたら大関昇進見送りのピンチで隆の里に勝利。念願の大関に。

 

若島津 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
1982年07月 東小結 10勝5敗
1982年09月 東関脇 12勝3敗△ 敢闘賞、技能賞
1982年11月 東関脇 12勝3敗△ 技能賞

直前2場所、安定した好成績で大関に昇進。夫人は元アイドル歌手の高田みづえ。

 

隆の里 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1981年09月 西張小結 10勝5敗
1981年11月 東関脇 11勝4敗 敢闘賞
1982年01月 東関脇 12勝3敗△ 敢闘賞

ライバル千代の富士に遅れること一年。当時最スローの82場所、29歳3ヶ月での大関昇進。

 

琴風 31勝14敗

場所 地位 成績 備考
1981年05月 西関脇 9勝6敗
1981年07月 東関脇 10勝5敗
1981年09月 東関脇 12勝3敗◎ 技能賞

千代の富士が横綱に昇進したことにより、大関が一人もいなくなったタイミングも重なって、直前31勝ながら初優勝を手土産に大関に昇進。

 

千代の富士 35勝10敗

場所 地位 成績 備考
1980年09月 東小結 10勝5敗 技能賞
1980年11月 東関脇 11勝4敗 技能賞
1981年01月 東関脇 14勝1敗◎ 殊勲賞、技能賞

1年前には「ポスト鷲羽山」(「相撲」1980年2月号)としか見られていなかった小兵力士が、脱臼癖を克服するために身につけた筋肉の鎧と劇的な取り口の変化で一気に初優勝。全国にウルフフィーバーを巻き起こしました。

昇進直前に5回技能賞を受賞。バラエティ番組等で上手い言い回しを決めたときなどに「なにせ技能賞5回だからね!」と返すウルフギャグはここからきています。

 

増位山 31勝14敗

場所 地位 成績 備考
1979年09月 東小結 8勝7敗 技能賞
1979年11月 西関脇 11勝4敗 技能賞
1980年01月 東関脇 12勝3敗△ 技能賞

大関が貴ノ花ひとりというタイミングで好成績をあげ、ワンチャンスで大関取りに成功。幕内通算成績が422勝435敗18休と負け越しているのは大関としては異例。

「そんな女のひとりごと」が130万枚のミリオンヒット。

 

魁傑(2回目) 36勝9敗

場所 地位 成績 備考
1976年09月 西前頭4 14勝1敗◎ 敢闘賞
1976年11月 西関脇 11勝4敗 敢闘賞
1977年01月 西関脇 11勝4敗 敢闘賞

一度大関を陥落して平幕からの復活。優勝が燦然と輝いていますね。二度目の大関は4場所で陥落。

 

若三杉 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1976年09月 西関脇 11勝4敗 技能賞
1976年11月 東関脇 11勝4敗 殊勲賞
1977年01月 東関脇 11勝4敗 殊勲賞

直前3場所とも11勝という絵に描いたようなザ・平均。のち横綱・若乃花(2代目)。

 

旭国 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1975年11月 西関脇 8勝7敗
1976年01月 東関脇 12勝3敗△ 敢闘賞
1976年03月 東関脇 13勝2敗◇ 技能賞

膵臓炎などの病魔と闘いながら大関の座をつかみました。

 

三重ノ海 32勝13敗

場所 地位 成績 備考
1975年07月 東関脇 8勝7敗
1975年09月 東張関脇 11勝4敗
1975年11月 東関脇 13勝2敗◎ 殊勲賞、技能賞

2場所前まではわりと平凡な成績でしたが、直前の優勝で一気に決めた感じ。陥落の魁傑と入れ替わる形になりました。

 

魁傑 30勝15敗

場所 地位 成績 備考
1974年09月 東張関脇 7勝8敗 *負け越し
1974年11月 西張小結 12勝3敗◎ 殊勲賞
1975年01月 東関脇 11勝4敗△

3場所前が負け越しなのは若羽黒と二人だけ。大関が貴ノ花ひとりだけという状況もあって30勝での甘い昇進になりました。在位5場所で陥落。

 

北の湖 32勝13敗

場所 地位 成績 備考
1973年09月 東小結 8勝7敗
1973年11月 東関脇 10勝5敗 殊勲賞
1974年01月 東関脇 14勝1敗◎ 殊勲賞

新関脇の1973年11月は、12日目に足首を骨折しながら強行出場して千秋楽に10勝目をあげ、翌場所の大関昇進につなげました。

 

大受 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
1973年03月 東小結 10勝5敗 殊勲賞
1973年05月 東関脇 11勝4敗△ 殊勲賞、技能賞
1973年07月 東関脇 13勝2敗 殊勲賞、敢闘賞、技能賞

大関昇進直前の7月場所は持ち味の押しが冴え13勝。史上初めて三賞をひとりで独占しました。

 

輪島 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1972年05月 西関脇 12勝3敗◎ 殊勲賞
1972年07月 東関脇 8勝7敗
1972年09月 東張関脇 13勝2敗△ 殊勲賞

幕下付け出しデビューから約2年半で大関の座に!

 

貴ノ花 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1972年05月 東小結 11勝4敗△ 技能賞
1972年07月 西関脇 12勝3敗△ 敢闘賞、技能賞
1972年09月 東関脇 10勝5敗 敢闘賞

9月場所千秋楽、場所後大関同時昇進を決める輪島との水入り大相撲は今でも語り草。

直前場所10勝での昇進は、約40年後に稀勢の里が記録。

 

大麒麟 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1970年05月 西関脇 9勝6敗
1970年07月 西関脇 12勝3敗 技能賞
1970年09月 東関脇 12勝3敗 技能賞

大事な一番になると固くなって星を落としてしまっていましたが、ようやく大願成就。

 

前乃山(前の山) 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
1970年03月 西張関脇 9勝6敗 殊勲賞
1970年05月 東関脇 12勝3敗△ 殊勲賞
1970年07月 東関脇 13勝2敗◇ 敢闘賞

1970年7月場所は、横綱・北の富士との優勝決定戦に挑み惜しくも敗退。

 

清国 31勝14敗

場所 地位 成績 備考
1969年01月 西小結 10勝5敗 殊勲賞
1969年03月 西関脇 9勝6敗
1969年05月 西関脇 12勝3敗△ 技能賞

横綱・大鵬とは同期。大鵬に遅れること約8年にして大関に昇進。新大関で優勝。

 

琴桜 32勝13敗

場所 地位 成績 備考
1967年05月 東小結 10勝5敗
1967年07月 西関脇 11勝4敗△ 敢闘賞
1967年09月 東関脇 11勝4敗 殊勲賞

北の富士、玉乃島らに遅れること1年で大関の座を手中に。

 

玉乃島 30勝15敗

場所 地位 成績 備考
1966年05月 西関脇 10勝5敗 敢闘賞
1966年07月 西関脇 9勝6敗 殊勲賞
1966年09月 東関脇 11勝4敗 殊勲賞

大関が豊山と北の富士のふたりだけだったということもあって、30勝で大関に昇進。のち横綱・玉の海。

 

北の冨士 28勝17敗

場所 地位 成績 備考
1966年03月 東関脇 8勝7敗 殊勲賞
1966年05月 東関脇 10勝5敗 技能賞
1966年07月 東関脇 10勝5敗

大関が豊山ひとりという状況で、わずか28勝で大関に昇進。本人もまさか昇進できるとは思わず使者を迎えてびっくり仰天。

 

豊山 37勝8敗

場所 地位 成績 備考
1962年09月 西前頭2 12勝3敗 殊勲賞、敢闘賞
1962年11月 東関脇 12勝3敗△ 殊勲賞、敢闘賞
1963年01月 東関脇 13勝2敗△ 殊勲賞、敢闘賞

3場所成績歴代1位タイの好成績。幕下10枚目格での初土俵から2年での昇進。大学相撲出身者初の大関へ。

 

栃光 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
1962年01月 西前頭4 11勝4敗
1962年03月 西小結 10勝5敗 殊勲賞
1962年05月 西張関脇 13勝2敗△ 殊勲賞

前頭→小結→関脇→大関と、ひと場所ごとに階級があがっていきました。弟弟子・栃ノ海と同時昇進。

 

栃ノ海 32勝13敗

場所 地位 成績 備考
1962年01月 東関脇 9勝6敗 技能賞
1962年03月 西関脇 9勝6敗
1962年05月 西関脇 14勝1敗◎ 敢闘賞、技能賞

関脇で一けた勝利が続いていましたが、横綱・大鵬を破るなど14勝1敗で初優勝。一気に大関の座を勝ち取りました。

 

佐田の山(佐田乃山) 30勝15敗

場所 地位 成績 備考
1961年11月 東張関脇 8勝7敗
1962年01月 西関脇 9勝6敗
1962年03月 東張関脇 13勝2敗◎ 技能賞

栃ノ海と同様、関脇一けた勝利からの直前場所優勝で昇進の形。平幕優勝は出世しない(横綱大関になれない)というジンクスを打ち破りました。

 

北葉山 28勝17敗

場所 地位 成績 備考
1961年01月 東関脇 8勝7敗
1961年03月 東関脇 9勝6敗
1961年05月 東関脇 11勝4敗△ 殊勲賞

直前3場所でわずか28勝。大関も4人いる状況での昇進は不可解なものがありますが、新小結昇進以来12場所連続三役を保ち続けたのを評価してのことでしょうか?

 

大鵬 36勝9敗

場所 地位 成績 備考
1960年07月 西小結 11勝4敗
1960年09月 西関脇 12勝3敗 技能賞
1960年11月 東関脇 13勝2敗◎

1960年1月場所で新入幕して、わずか1年6場所で大関に昇進。直前場所は優勝しながら三賞もらえず。

 

柏戸 30勝15敗

場所 地位 成績 備考
1960年03月 西張関脇 9勝6敗 殊勲賞
1960年05月 西関脇 10勝5敗 技能賞
1960年07月 東関脇 11勝4敗 殊勲賞、技能賞

ライバル大鵬よりも2場所早く大関に昇進。将来を嘱望されていたとはいえ、当時でもギリギリのライン。

 

若羽黒 30勝15敗

場所 地位 成績 備考
1959年05月 東関脇 7勝8敗 *負け越し
1959年07月 西小結 11勝4敗
1959年09月 西張関脇 12勝3敗△ 技能賞

3場所前が負け越しなのは魁傑(1回目)と二人だけ。新大関の場所は、千秋楽に自らをスカウトした部屋の19代式守伊之助最後の裁きの相撲で勝利し、恩人の目の前で初優勝。

 

琴ヶ浜 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
1957年11月 東関脇 10勝5敗
1958年01月 東関脇 11勝4敗 殊勲賞
1958年03月 東関脇 13勝2敗◇ 殊勲賞、技能賞

1957年11月、1958年1月と、当時の基準では厳しいとみられる大関見送りにもめげず好成績で昇進を決めました。

 

朝汐 29勝16敗

場所 地位 成績 備考
1956年09月 東関脇 8勝7敗
1957年01月 東関脇 8勝7敗
1957年03月 西関脇 13勝2敗◎

大関昇進を決める1年前の3月場所に関脇で12勝3敗の初優勝。それからすぐに大関昇進を決めるかと思いきや、なんと関脇で3場所連続8勝7敗。相性の良い大阪の3月場所で1年ぶりの優勝をとげ、ようやく大関に昇進しました。この間、朝潮のファンはやきもきしたでしょうね。

 

若ノ花 28勝15敗2分

場所 地位 成績 備考
1955年03月 西関脇 10勝4敗1分
1955年05月 西関脇 8勝7敗
1955年09月 西関脇 10勝4敗1分 技能賞

直前3場所で28勝は当時でも低いライン。9月場所の横綱・千代の山との合計17分15秒にもわたる引き分けの死闘が評価されて昇進。

 

松登 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
1955年03月 西張関脇 11勝4敗
1955年05月 東関脇 8勝7敗
1955年09月 東関脇 13勝2敗△ 殊勲賞

若ノ花と同時に大関昇進。

 

大内山 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1954年09月 東関脇 9勝6敗
1955年01月 西関脇 11勝4敗
1955年03月 東関脇 13勝2敗◇ 殊勲賞

直前場所は優勝同点(決定戦で千代の山に敗れる)。新大関場所の千秋楽は横綱・栃錦の首投げに屈したものの、その取組は「Number」誌の大相撲名勝負アンケートで1位に輝いたこともある死闘でした。

 

三根山 33勝12敗

場所 地位 成績 備考
1953年01月 西張小結 10勝5敗
1953年03月 東関脇 11勝4敗 敢闘賞
1953年05月 東関脇 12勝3敗 殊勲賞

三役連続10場所務めての大関昇進。

 

栃錦 34勝11敗

場所 地位 成績 備考
1952年01月 東張関脇 10勝5敗 殊勲賞、技能賞
1952年05月 東関脇 10勝5敗 技能賞
1952年09月 西関脇 14勝1敗◎ 技能賞

5場所連続の技能賞(通算では9回受賞)をひっさげて、堂々の初優勝と共に大関昇進。

 

鏡里 28勝17敗

場所 地位 成績 備考
1950年05月 東関脇 9勝6敗
1950年09月 東関脇 8勝7敗
1951年01月 西関脇 11勝4敗

当時の基準としても、けっこう甘めな昇進。

 

吉葉山 36勝9敗

場所 地位 成績 備考
1950年05月 東前頭1 10勝5敗 殊勲賞
1950年09月 東張関脇 13勝2敗◇ 殊勲賞
1951年01月 東関脇 13勝2敗△

昇進直前2場所前が新関脇(新三役)というのは、照ノ富士と似たような形。鏡里と同時昇進。

 

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