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【大相撲記録】幕下筆頭で勝ち越しながら十両昇進ならず

2017/10/03

2017年7月場所の新番付が発表され、十両には5月場所西幕下2枚目で6勝1敗だった岩崎改め翔猿(とびざる・新十両)と、同じく東幕下筆頭で5勝2敗だった阿炎(あび・再十両)の2人が昇進しました。

十両から幕下へ陥落した力士が2人だけだったので、西幕下筆頭の希善龍は4勝3敗と勝ち越しながら、7月場所の番付では東幕下筆頭にスライドしただけで十両昇進はなりませんでした。

2009年11月場所の蒼国来が同じ目にあって以来、約8年ぶりの不運な出来事になってしまいました。

 

過去にもこのような番付運の無かった力士がいます。

幕下筆頭で勝ち越しながら十両に上がれなかった力士

※幕下の取組数が1場所7番となった1960年7月場所以降。

前場所 力士 地位・成績 翌場所成績
1960/07 天山 東・5勝2敗 東・4勝3敗↑
1960/07 時津浪 西・4勝3敗 西・4勝3敗
1960/09 時津浪 西・4勝3敗 東・4勝3敗↑
1961/07 東山 西・4勝3敗 西・2勝6敗
1961/09 玉嵐 東・5勝2敗 東・3勝4敗
1964/01 前田花 東・4勝3敗 東・3勝4敗
1964/01 伊達錦 西・4勝3敗 西・4勝3敗↑
1964/05 宮ノ花 西・4勝3敗 西・0勝1敗6休
1965/11 宝満山 西・4勝3敗 西・4勝3敗
1966/01 宝満山 西・4勝3敗 東・4勝3敗
1966/03 宝満山 東・4勝3敗 東・3勝4敗
1966/09 代官山 東・5勝2敗 東・3勝4敗
1967/03 栃富士 東・6勝1敗 東3・7勝0敗↑
1968/07 川崎 西・4勝3敗 東・7勝0敗↑
1969/03 大潮 西・4勝3敗 東・2勝5敗
1970/03 磐石 西・4勝3敗 東・3勝4敗
1972/01 青葉山 西・4勝3敗 東・4勝4敗
1973/05 時潮 西・4勝3敗 東・2勝5敗
1974/01 晃山 西・4勝3敗 東・5勝2敗↑
1975/01 忍の山 西・4勝3敗 東・3勝4敗
1976/01 春日洋 西・4勝3敗 東・6勝1敗↑
1976/07 出羽の花 西・4勝3敗 東・3勝4敗
1976/11 松乃山 西・4勝3敗 東・4勝3敗↑
1977/01 琴立山 西・4勝3敗 東・3勝4敗
1977/09 神幸 西・4勝3敗 東・2勝5敗
1986/01 花乃国 西・4勝3敗 東・1勝6敗
1987/05 貴ノ浜 西・4勝3敗 東・4勝3敗↑
1990/02 大岳 西・4勝3敗 東・3勝4敗
1996/01 琴藤本 西・4勝3敗 東・2勝5敗
1998/05 五剣山 西・4勝3敗 東・4勝3敗↑
2007/07 市原 西・4勝3敗 東・6勝1敗↑
2008/11 福岡 西・5勝2敗 東・7勝0敗↑
2009/09 蒼国来 西・4勝3敗 東・5勝2敗↑
2017/05 希善龍 西・4勝3敗 東・4勝3敗↑

※翌場所成績の欄の↑は次の場所で十両昇進。

※改名 琴藤本→琴岩国 福岡→隠岐の海

近年はだいぶ少なくなってきたものの、60年代70年代は幕下筆頭で据え置かれた力士がたくさんいたんですね。

成績別地位別人数内訳

成績 東筆頭 西筆頭
4勝3敗 2人 27人
5勝2敗 3人 1人
6勝1敗 1人 0
6人 28人

人数では西筆頭で4勝3敗の力士が圧倒的。

 

5勝2敗の好成績でも筆頭に留め置かれた力士は計4人もいます。

2008年11月場所で5勝2敗の好成績を収めたにもかかわらず翌場所東の筆頭に留められた福岡は、翌場所7戦全勝優勝という堂々の成績を残して十両に昇進。四股名を隠岐の海に改めました。

 

1967年3月場所の栃富士は東の筆頭で6勝1敗の好成績ながら十両に昇進できませんでした。

これは番付大削減が実施されたためで、定員が幕内3枚6人減、十両5枚10人減ということで16人も関取が減ったので幕下から昇進の余地無しでした。

しかも勝ち越したにも関わらず翌場所は幕下3枚目と番付が下がってしまいました。しかし栃富士は腐ることなく7戦全勝優勝をとげ堂々と十両に昇進しました。

 

1961年7月の東山は一度も十両に上がることができませんでした。幕下上位に好成績者が集中したゆえの不運でした(東筆頭から東4枚目まで全員勝ち越し)。その後も2度あった西幕下2枚目というチャンスも負け越しに終わりました。

1973年5月の時潮も十両に上がれないまま相撲人生を終えました。

 

1960年7月場所・9月場所の時津浪は2場所連続で幕下筆頭に据え置かれましたが、1965年11月場所から1966年3月場所にかけて宝満山が3場所連続で幕下筆頭に留め置かれる悲運を味わいました。4場所目でなんと3勝4敗と負け越してしまい、さらに3場所かけて十両に復帰しました。

 

五分の星で据え置き

幕下以下の力士が1場所で取る取組は7番ですが、休場者が出て出場力士の人数が奇数になると、誰かひとり8番目の相撲を取ることで取組を調整します。

8番目の相撲を取ったことで成績が4勝4敗の五分になったのは次の2例。

前場所 力士 地位・成績 翌場所成績
1961/03 広川 東・4勝4敗 東・4勝3敗↑
1972/03 青葉山 東・4勝4敗 東・3勝4敗

いずれも3勝4敗と負け越しが決まってから8番目の相撲で勝ち4勝4敗の五分としたものです。

広川の時は、他の十両昇進者が広川よりも好成績でした(東4宮永・5勝2敗、西4栗家山・5勝2敗、西5大野咲・7勝0敗)。

しかし青葉山の時には、東2・大旺と東3・吉の谷がそれぞれ4勝3敗で十両昇進。同じ4勝を上げているのに青葉山を抜く形になりました。

青葉山はショックからか?翌場所3勝4敗と負け越してしまい、十両に上がることができたのは1974年5月場所。実に2年以上の遠回りとなってしまいました。

こういう矛盾をなくすために、今では8番目の相撲を取る幕下力士は2勝5敗の力士が選ばれるケースが多いです。

 

幕下筆頭で勝ち越しても十両に昇進できなかった……。理不尽な仕打ちを受けてもへこたれなかった力士は強くなっていきますよね~。

 

 

【大相撲記録】前頭筆頭で勝ち越して三役に上がれなかった力士

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