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【大相撲記録】4横綱がそろって白星 1991年以来26年ぶり

2017/05/18

2017年3月場所は稀勢の里が新横綱になり、2000年3月場所以来17年ぶりに4横綱がそろう華やかな番付になりました。

2日目の土俵では横綱4人がそろって白星をあげました。

4横綱そろって白星を飾るのは1991年1月場所初日以来26年ぶりのことです。

▼2017年3月場所2日目そろって白星の4横綱

○白鵬 寄り切り ●蒼国来
○稀勢の里 押し出し ●正代
○日馬富士 叩き込み ●勢
○鶴竜 寄り切り ●豪風

 

▼1991年1月場所初日にそろって白星をあげた4横綱

○北勝海 押し出し ●三杉里
○大乃国 下手投げ ●曙
○旭富士 寄り切り ●安芸ノ島
○千代の富士 押し出し ●隆三杉

 

横綱なんだから勝って当たり前だろ、と思われるかもしれませんが、横綱も人の子、4人もいたら伸び盛りでどんどん勝っていく横綱もいればケガだらけで引退寸前のボロボロの身体で取っている横綱もいたりします。

いくら横綱は強いと言っても4人そろって勝つのは実はけっこう難しいものなんです。

 

4横綱がそろって勝った日

場所ごと

登場日数は、実際に横綱4人が土俵に上がって相撲を取った日数。不戦勝不戦敗の場合、横綱同士の取組がある日は除きます。

全勝日数は、登場日数の中で4横綱全員が勝った日数。

日目は、4横綱全員が勝った日が場所の何日目かを示します。

場所 登場日数 全勝日数 日目
1938年01月 8日 3日 2、3、6
1938年05月 7日 3日 1、3、5
1943年01月 12日 11日 1~7、9~12
1943年05月 12日 9日 1~4、6、8、10~12
1944年05月 8日 3日 2、3、6
1945年06月 1日 0日
1949年05月 11日 5日 1~4、8
1949年09月 6日 1日 1
1951年09月 11日 5日 1、3~5、7
1952年01月 6日 3日 2、4、6
1952年09月 5日 1日 1
1953年01月 2日 0日
1954年09月 7日 3日 3、5、6
1955年01月 6日 1日 2
1955年03月 4日 1日 4
1955年05月 1日 0日
1955年09月 6日 3日 3、4、6
1956年01月 4日 1日 1
1956年03月 10日 5日 1、4~7
1956年05月 9日 2日 2、6
1957年01月 7日 2日 1、5
1957年03月 5日 1日 4
1957年09月 12日 2日 5、7
1958年01月 8日 2日 1、5
1961年11月 6日 1日 2
1965年05月 10日 3日 4、8、9
1965年07月 10日 6日 2~4、6、7、9
1965年09月 10日 5日 2~5、8
1965年11月 1日 1日 1
1966年03月 9日 3日 2、4、5
1966年11月 6日 1日 4
1979年09月 10日 4日 1、7、9、11
1979年11月 11日 5日 2~4、6、10
1980年01月 2日 0日
1980年03月 4日 0日
1980年05月 12日 5日 1、2、4、5、12
1980年07月 4日 1日 2
1980年11月 2日 0日
1987年11月 12日 7日 5~10、12
1990年11月 12日 4日 1、2、5、10
1991年01月 2日 1日 1
1999年09月 2日 0日
2000年03月 5日 0日
2017年03月 4日 1日 2
2017年05月 4日 1日 3

2000年3月場所まで、4横綱がそろって土俵にあがった日数が302日で、さらに全員白星だった日は115日。38.1%の確率ですね。

これを低いと見るべきか、よくやってると見るべきか……。

 

4横綱の組み合わせごと

4横綱の組み合わせは⇒【大相撲記録】4横綱の番付を参照

登場日数 全勝日数
1 0 0
2 0 0
3 15日 6日 .400
4 33日 23日 .697
5 17日 6日 .353
6 24日 9日 .375
7 0 0
8 7日 3日 .429
9 72日 20日 .278
10 6日 1日 .167
11 46日 19日 .413
12 45日 15日 .333
13 12日 7日 .583
14 14日 5日 .357
15 7日 0日 .000
16※ 8日 2日 .250

※第16次は2017年5月場所まで

前回の4横綱時代(第15次:曙、貴乃花、若乃花、武蔵丸)には、4横綱そろって白星という日は1日も無かったんですよね。

 

はじめて4横綱がそろって土俵にあがり相撲を取ったのは、双葉山が新横綱となった1938年1月場所初日。それ以前にも4横綱時代はありましたが誰かしらが休場していたのです。

記念すべき初日は、玉錦、武蔵山、双葉山が勝ったものの、男女ノ川が出羽湊に引き落としで敗れて4人そろっての白星というわけにはいきませんでした。

史上初めて4人の横綱がそろって勝ったのは翌日。

○玉錦 寄り倒し ●綾昇
○武蔵山 引き落とし ●楯甲
○男女ノ川 押し出し ●名寄岩
○双葉山 上手投げ ●九州山

 

4人の横綱が最も安定して強さを発揮した場所といえば1943年1月場所。

双葉山と羽黒山に加え、安芸ノ海と照国が横綱に昇進して4横綱となった場所。

横綱同士の対戦が無かった初日から12日目までのうち、横綱が負けたのは8日目に安芸ノ海が前頭3・柏戸の下手出し投げに不覚を取った一番だけ。

12日目までの4人横綱の総成績は47勝1敗という見事なもの。最終成績も双葉山15勝0敗、照国14勝1敗、羽黒山13勝2敗、安芸ノ海12勝3敗という素晴らしいものでした。

翌1943年5月場所も好調は持続され、12日目までの4人の横綱の総成績は44勝4敗。最終成績は双葉山15勝0敗、羽黒山14勝1敗、照国12勝3敗、安芸ノ海11勝4敗でした。

 

1987年11月場所も見事でした。千代の富士、双羽黒、北勝海に新横綱の大乃国。

初日に北勝海が小結・玉龍の引き落としに敗れ、大乃国が新横綱の緊張でガチガチになり2日目から3連敗を喫するも、5日目から10日目まで4横綱とも6連勝。1日おいた12日目には全員が大関相手に勝利。最終成績は千代の富士15勝0敗、双羽黒13勝2敗、北勝海13勝2敗、大乃国8勝7敗でした。

不振続きだった双羽黒が惜しくも優勝を逃したものの初日から13連勝と今後が大いに期待できる活躍をしたのですが、この年の大晦日……。

 

1956年3月場所は、横綱3人以上に勝利した力士が5人も出た横綱陣ボロボロの場所。吉葉山が11勝4敗のほか、栃錦9勝6敗、鏡里8勝7敗、千代の山8勝7敗と4横綱が負けに負けまくりました(優勝は関脇・朝汐の12勝3敗)。

そんな場所でも4横綱そろって勝った日が初日と4日目から7日目までの計5日間もありました。5日間もあれば良い成績がそろいそうなもんですけど分からないものですね。

 

横綱4人全敗は無し

土俵に上がった横綱4人全員が負けた日というのはまだありません。そこはさすが横綱といったところ。

1勝3敗だったのは今までに12日あります。※横綱同士の対戦があった日を除きます

年/場所/日目
3 1938年1月場所5日目
5 1949年5月場所11日目
9 1956年3月場所8日目
9 1956年5月場所初日
9 1957年9月場所初日
9 1957年9月場所9日目
9 1957年9月場所11日目
11 1965年5月場所2日目
11 1966年3月場所3日目
12 1979年9月場所8日目
12 1980年7月場所初日
15 1999年9月場所2日目

 

はじめて4横綱が土俵上に勢ぞろいした場所で早くも3横綱が敗れる波乱が起きています。

1938年1月場所5日目、玉錦が九州山に、男女ノ川が両国に、武蔵山が大潮に敗れる中、双葉山は玉ノ海を下して横綱陣唯一の勝利。大相撲最長連勝記録69連勝中の45連勝目に当たる勝利でした。

 

1957年9月場所は、1場所で3度も3横綱が敗れる波乱があった荒れた場所。

13勝2敗で優勝した栃錦のほかは、鏡里8勝7敗、吉葉山9勝6敗、千代の山5勝8敗2休と横綱陣散々な場所でした。

 

1980年7月場所初日は横綱大関6人のうち、大関陣2人(貴ノ花、増位山)が相次いで敗れたあと、続いて登場した横綱の三重ノ海が天ノ山に、輪島が魁輝に、若乃花が鳳凰に敗れてなんと5連敗。最後の砦となった北の湖が対戦成績29勝0敗と相性のいい栃光(金城)を下して横綱大関全敗という事態を免れました。

この場所は結局、最後を締めた北の湖が15戦全勝で20回目の優勝を果たしました。

 

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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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