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【大相撲記録】カド番大関の優勝

2017/01/19

2016年9月場所は大関・豪栄道が初優勝を果たしました。

 

14日目に優勝を決めたあとも気を抜かず、千秋楽も琴奨菊相手に勝利を収めてカド番大関としては初の全勝優勝を決めました。

2014年9月に大関昇進して以来ずっと成績が低迷し続けていただけに、この優勝を機に大きく飛躍してほしいものです。

 

豪栄道は前場所7勝8敗と負け越しており、カド番での優勝となりました。

カド番という大関陥落のピンチから一転、優勝の座をつかみとったのは次の8力士です。

 

カド番大関の優勝

場所 大関 成績
1975年09月 貴ノ花(親) 12勝3敗
1989年11月 小錦 14勝1敗
1994年01月 貴ノ花(子) 14勝1敗
2001年07月 魁皇 13勝2敗
2003年03月 千代大海 12勝3敗
2006年01月 栃東 14勝1敗
2008年05月 琴欧洲 14勝1敗
2016年09月 豪栄道 15勝0敗

 

はじめてカド番で優勝したのは貴ノ花(初代)。1975年3月場所に優勝決定戦で北の湖を破り念願の初優勝をとげてから半年後、ふたたび優勝決定戦で北の湖を下して2回目の優勝を遂げました。初優勝のときと比べるとあまり話題に上がらないですね。

 

外国出身初の大関となった小錦の初優勝もカド番として迎えた場所でのものでした。それまでに優勝を逃すこと6度。優勝を決めた一番のあと土俵下で流した涙は嬉し涙ではなく、なんで今まで優勝できなかったんだろうという悔し涙だったと、のちに語っています。

 

横綱貴乃花は、のちに大横綱とよばれるようになった横綱の中では大関時代が長いほうで、その長い在位中にはカド番も経験しています。

1993年11月場所、7勝5敗で迎えた13日目から武蔵丸、小錦、曙のハワイ勢に3連敗して負け越し。このころの貴乃花(当時は貴ノ花)は地方場所での成績が安定していませんでした。

翌1994年1月場所復活して親子2代のカド番優勝を飾るも、貴乃花の横綱姿を土俵上で見るにはもう1年待たねばなりませんでした。

 

魁皇は2001年3月場所13勝2敗で優勝、5月場所4勝5敗6休、カド番で迎えた7月場所13勝2敗で優勝、9月場所0勝4敗11休と優勝と途中休場を交互に繰り返すジェットコースターばりの成績を残しました。

 

千代大海は2002年11月場所ケガで途中休場、翌2003年1月場所は公傷休場、3月場所カド番で優勝と、公傷制度に救われた形になりました。

 

栃東はカド番の2006年1月場所、朝青龍の連続優勝を7でストップさせる優勝を果たします。まさかこの栃東の優勝から10年後の2016年1月場所に琴奨菊が優勝するまで日本出身力士が優勝できなくなるとは誰が想像しえたでしょうか。

 

ちなみに琴桜も1969年3月場所に、前場所5勝10敗と負け越しから優勝を遂げていますが、当時は3場所連続負け越しで大関陥落という規定だったのでカド番での優勝ではないです。

※2場所連続負け越しで大関陥落の規定となったのは1969年7月場所から。

 

 

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