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【大相撲記録】4横綱の番付

2017/03/17

大相撲史上で横綱が同時に在位していた人数は4人が最多です。

2017年1月場所で初優勝した稀勢の里が横綱に昇進して約17年ぶりの4横綱が実現しました。

今回の4横綱で16パターン目となります。

 

4横綱一覧

1 太刀山 西ノ海 大錦
2 西ノ海 大錦 栃木山
3 玉錦 武蔵山 男女ノ川 双葉山
4 双葉山 羽黒山 安芸ノ海 照国
5 羽黒山 照国 前田山 東富士
6 羽黒山 照国 東富士 千代ノ山
7 羽黒山 東富士 千代ノ山 鏡里
8 東富士 千代の山 鏡里 吉葉山
9 千代の山 鏡里 吉葉山 栃錦
10 若乃花 朝潮 柏戸 大鵬
11 柏戸 大鵬 栃ノ海 佐田の山
12 輪島 北の湖 若乃花 三重ノ海
13 千代の富士 双羽黒 北勝海 大乃国
14 千代の富士 北勝海 大乃国 旭富士
15 貴乃花□□ 若乃花 武蔵丸
16 白鵬 日馬富士 鶴竜 稀勢の里

 

第1次…1917年5月場所~1918年1月場所 2場所

太刀山、鳳、西ノ海、大錦

大錦が横綱に昇進して史上初の4横綱の番付になりました。太刀山は2場所とも全休で出場は無し。2場所とも大関栃木山が優勝したのでこの間の横綱の優勝はありませんでした。

 

第2次…1918年5月場所 1場所

鳳、西ノ海、大錦、栃木山

太刀山引退、栃木山新横綱で入れ替わるように再び4横綱体制に。西方の横綱は鳳ひとりだけで東方に3人横綱が存在するという変則体制。

西ノ海と大錦が全休し、鳳も初日負けた後に休場。千秋楽まで出場したのは新横綱の栃木山だけでした。栃木山が横綱の面目を保って優勝。

 

第3次…1938年1月場所~1938年5月場所 2場所

玉錦、武蔵山、男女ノ川、双葉山

69連勝中の双葉山が横綱に昇進して4横綱に。1938年5月場所は4横綱が初めて全員フル出場。系統別総当たり制を一時期導入していた時代だったので4横綱の総当たりが実現。武蔵山と男女ノ川が千秋楽に6勝6敗の相星で勝ち越しをかけて戦う事態になりました(武蔵山が勝ち)。

1938年12月、玉錦が病死したことによって4横綱時代は2場所で終了。

 

第4次…1943年1月場所~1945年10月場所 7場所

双葉山、羽黒山、安芸ノ海、照国

安芸ノ海と照国が同時に横綱に昇進して4横綱に。東西制に戻っていて、東西制の下では最後の4横綱。

1943年1月場所は4横綱合わせて54勝6敗(双葉山15戦全勝、羽黒山13勝2敗、安芸ノ海12勝3敗、照国14勝1敗)という最高の成績を収めました。

1943年1月、1943年5月、1944年5月の3場所で4横綱が皆勤。双葉山の引退により4横綱解消。

 

第5次…1949年1月場所~1949年10月場所 3場所

羽黒山、照国、前田山、東富士

東富士が昇進し4横綱に。1949年5月場所は全員皆勤しましたが大関増位山に優勝をさらわれました。

シールズ事件により前田山が引退して3横綱に。

※シールズ事件…10月場所を途中休場したにもかかわらず、同時期に開催されていた日米野球を観戦。サンフランシスコ・シールズのオドール監督と握手している写真が新聞に載り世間から非難されました。朝青龍が巡業を休んでサッカーに興じていたことが非難されたのと似ているか。ちなみに朝青龍は前田山の弟子の弟子の弟子に当たります。

 

第6次…1951年9月場所~1953年1月場所 5場所

羽黒山、照国、東富士、千代ノ山

千代ノ山が昇進し4横綱に。1951年9月全員皆勤。

 

第7次…1953年3月場所~1953年9月場所 3場所

羽黒山、東富士、千代ノ山、鏡里

照国が引退し、鏡里が代わりに昇進して4横綱に。

これまで4度にわたる4横綱時代に関わってきた羽黒山が12年3ヶ月の横綱在位記録をうちたて引退。

 

第8次…1954年3月場所~1954年9月場所 3場所

東富士、千代の山、鏡里、吉葉山

涙の初優勝を全勝優勝で飾った吉葉山が昇進して4横綱に。

この3場所間はすべて大関が優勝して横綱は1回も優勝できず。

 

第9次…1955年1月場所~1958年1月場所 14場所

千代の山、鏡里、吉葉山、栃錦

東富士が引退し、2場所連続優勝を果たした栃錦が昇進して4横綱に。

史上最長の14場所この組み合わせで4横綱の番付が続きましたが、4横綱ともフル出場を果たしたのは1956年3月場所の1場所のみ。しかも4横綱合計36勝24敗(千代の山8勝7敗、鏡里8勝7敗、吉葉山11勝4敗、栃錦9勝6敗)と散々な成績で優勝は関脇朝汐の手に渡りました。

1958年1月場所、吉葉山と鏡里が同時に引退。

 

第10次…1961年11月場所~1962年1月場所 2場所

若乃花、朝潮、柏戸、大鵬

柏戸と大鵬が同時横綱昇進を果たし本格的に「柏鵬時代」に突入。

1962年1月場所前に朝潮が引退(番付には記載)し、ほどなくして若乃花も引退。

 

第11次…1965年3月場所~1966年11月場所 11場所

柏戸、大鵬、栃ノ海、佐田の山

佐田の山昇進後、栃ノ海の引退まで11場所間で4横綱。4人全員皆勤は1965年9月場所のみ。

11場所すべて横綱が優勝を独占。

 

第12次…1979年9月場所~1980年11月場所 8場所

輪島、北の湖、若乃花、三重ノ海

三重ノ海の昇進で4横綱が始まり、三重ノ海の引退で4横綱が終わりました。

三重ノ海の横綱在位中のすべての場所に当たります。

1979年9月、1979年11月、1980年5月の3場所で4横綱が皆勤。そのうち1980年5月は4横綱がそろって10勝以上をあげた最後の場所となっています。

8場所間すべて横綱が優勝。しかも4横綱がそれぞれ1回以上優勝しています。(輪島1回、北の湖4回、若乃花1回、三重ノ海2回)

 

第13次…1987年11月場所~1988年1月場所 2場所

千代の富士、双羽黒、北勝海、大乃国

大乃国の昇進で4横綱に。1987年11月場所は4横綱揃ってフル出場したものの、双羽黒が1987年の12月31日に突然廃業してしまったため、わずか1場所(番付面では2場所)で解消の憂き目に。

 

第14次…1990年9月場所~1991年5月場所 5場所

千代の富士、北勝海、大乃国、旭富士

旭富士が昇進して4横綱に。1990年11月場所で4横綱皆勤。現在のところ4横綱皆勤最後の場所。

千代の富士が「体力の限界!」で引退して解消。翌場所の大乃国を皮切りに残りの横綱も立て続けに引退して1年後には1931年以来61年ぶりに横綱不在になってしまいました。

 

第15次…1999年7月場所~2000年3月場所 5場所

曙、貴乃花、若乃花、武蔵丸

武蔵丸が昇進して4横綱に。

若乃花の引退により解消。4人が揃って皆勤した場所はありませんでした。

 

第16次…2017年3月場所~

白鵬、日馬富士、鶴竜、稀勢の里

稀勢の里の待望の初優勝により、約17年ぶりの4横綱に。4人とも所属部屋が異なるのは第12次以来。

 

 

4横綱全員皆勤場所

場所 横綱
3 1938年05月 玉錦、武蔵山、男女ノ川、双葉山
4 1943年01月 双葉山、羽黒山、安芸ノ海、照国
4 1943年05月 双葉山、羽黒山、安芸ノ海、照国
4 1944年05月 双葉山、羽黒山、安芸ノ海、照国
5 1949年05月 羽黒山、照国、前田山、東富士
6 1951年09月 羽黒山、照国、東富士、千代ノ山
9 1956年03月 千代の山、鏡里、吉葉山、栃錦
11 1965年09月 柏戸、大鵬、栃ノ海、佐田の山
12 1979年09月 輪島、北の湖、若乃花、三重ノ海
12 1979年11月 輪島、北の湖、若乃花、三重ノ海
12 1980年05月 輪島、北の湖、若乃花、三重ノ海
13 1987年11月 千代の富士、双羽黒、北勝海、大乃国
14 1990年11月 千代の富士、北勝海、大乃国、旭富士

4横綱全員が皆勤した場所はわずか13場所に過ぎません。

太字は、4横綱全員が10勝以上をあげた場所。6場所のみです。

 

 

【大相撲記録】4横綱がそろって白星 1991年以来26年ぶり

 

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