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祝!朝弁慶十両昇進 湘南から200年ぶりの関取誕生 ということで神奈川県出身関取をまとめてみました

2016/11/16

2015年9月場所、西幕下筆頭で6勝1敗の好成績をあげた朝弁慶の新十両昇進が決定しました。

神奈川県平塚市出身。県立五領ヶ台高校を卒業後、高砂部屋に入門。

2007年3月朝酒井の名で初土俵を踏み、2009年5月に朝弁慶に改名。

それから8年、ついに関取の座を射止めることができました。

近隣の市の出身ということで注目していて、9月場所直前の高砂部屋平塚合宿で土まみれになって稽古している姿を間近で見ているので感激もひとしおです。

【参考】

高砂部屋平塚合宿を見学してきたよ

湘南・平塚で大相撲高砂部屋の夏合宿が行われます!

た 高砂部屋 15082819

▲夏合宿の稽古で朝赤龍の胸を借りる朝弁慶(左側)。

 

神奈川県出身の関取誕生は、1993年3月の朝相洋(朝乃翔)以来約22年ぶり。神奈川県平塚市出身ともなると江戸時代の寛政10年冬場所(1798年10月)入幕の荒馬改め江戸ヶ崎以来約200年ぶり。

 

相撲界ではあまり多くない神奈川県出身力士。

今までも関取の数はそんなに多くいたわけではありませんでした。

朝弁慶の十両昇進を機に、これまでの神奈川県出身関取を紹介していきます。

※最高位が十両の力士は昭和以降が対象。

※四股名は入幕時(昭和以降は新十両時)の四股名。

 

神奈川県出身関取(江戸~大正期入幕)

戸田川(小結)

1758年(宝暦8年)10月入幕。

横浜市泉区出身。のち玉垣と改名。

 

外ヶ浜(小結)

1767年(明和4年)10月小結付出。

横須賀市出身。のち沖津風と改名。また外ヶ浜に戻りました。

 

鷲ヶ峰(大関)

1777年(安永6年)10月大関付出。

横浜市緑区出身。

はじめ看板大関で登場して相撲は取らず。以後下位に下がって鷲ヶ森、鷲ヶ嶽と改名。

 

鳳ヶ嶽(大関)

1796年(寛政8年)3月大関付出。

「相州」頭書で付け出された看板大関。1日も出場せず姿を消しました。

 

荒馬(関脇)

1798年(寛政10年)10月入幕。

平塚市出身。のち江戸ヶ崎に改名。

生涯10敗しかしなかった雷電為右衛門に土をつけたこともあります(1810年-文化7年-10月)。雷電にとっては最後の黒星でした。

朝弁慶はこの荒馬(江戸ヶ崎)以来の平塚市出身関取になります。

 

黒柳(大関)

1824年(文政7年)10月入幕。

相模原市緑区(旧・津久井郡藤野町)出身。のち追手風に改名。

弟子に第10代横綱・雲龍。

 

荒滝(前頭8)

1849年(嘉永2年)2月幕内付出。

 

武蔵潟(前頭4)

1856年(安政3年)11月入幕。

小田原市出身。のち君ヶ浜と改名。

 

武蔵潟(関脇)

1874年(明治7年)3月入幕。

足柄上郡山北町出身。

身長2メートル超の大型力士。はじめ土俵入り専門の看板力士・皆瀬川として1863年(文久3年)11月から1865年(慶応元年)11月まで登場。

改めて相撲を取り直し、恵まれた体格で関脇小結を長く務めるなどしました。

鯖折りが得意手で提灯をたたむように相手が倒れたことから「武蔵潟の提灯たたみ」と恐れられました。

 

荒角(前頭3)

1879年(明治12年)6月入幕。

厚木市出身。

 

横車(前頭5)

1896年(明治29年)5月入幕。

川崎市出身。

四股名の由来は、浜で夫をしていたことによるそうです。

 

谷ノ川(前頭2)

1899年(明治32年)5月入幕。

横須賀市出身。

 

雷ノ峰(前頭3)

1925年(大正14年)5月入幕。

横須賀市出身。

 

神奈川県出身関取(昭和以降新十両)

武蔵山(横綱)

1929年(昭和4年)1月新十両。

横浜市港北区出身。出羽海部屋。

神奈川県出身唯一の横綱。飛行機昇進とも呼ばれるほどの早い出世で1931年10月場所後に小結から関脇を飛び越えて一気に大関に昇進。

撲取りらしからぬ引き締まった筋骨隆々な身体。昭和初期のトレンディ的な位置づけで大人気。

しかし沖ッ海戦(1931年10月)で痛めた右肘の古傷が悪化して1935年5月場所後に横綱昇進してからは振るわず、横綱在位8場所中皆勤は1場所のみ、しかも成績は7勝6敗。千秋楽に勝ち越しをかける体たらくでした。

 

若潮(前頭6)

1937年(昭和12年)5月新十両。

横浜市磯子区出身。陸奥部屋。

 

相模川(関脇)

1939年(昭和14年)1月新十両。

厚木市出身。春日野部屋。

189センチの長身で、未来の横綱と騒がれました。

打倒・双葉山が期待されましたが一度も勝つことはできませんでした。

しかし、羽黒山からは何度か白星をあげていて、1944年1月場所千秋楽には羽黒山の優勝を阻止する大きな白星をあげています。

1945年6月場所初日、双葉山の寄り切りに敗れました。これが大横綱・双葉山の最後の一番になりました。

 

相武山(十両2)

1942年(昭和17年)5月新十両。

相模原市緑区(旧・津久井郡相模湖町)出身。出羽海部屋。

東十両15枚目に位置していた1944年1月場所、13勝1敗で迎えた千秋楽。あと1番勝てば優勝というところで、西幕下16枚目で7勝0敗の不動岩に敗れ(不動岩は8戦全勝で幕下優勝)、半枚上の西十両14枚目で13勝2敗の九州錦に優勝をさらわれました(当時は同点の場合、上位者が優勝)。

 

福の守(十両15)

1952年(昭和27年)1月新十両。

小田原市出身。時津風部屋。

四股名は本名の福守から。

 

若羽黒(大関)

1954年(昭和29年)3月新十両。

横浜市中区出身。立浪部屋。

昭和30年代に土俵を沸かせた立浪部屋の4人のホープ「立浪四天王」の中でひとりだけ大関に昇進。

上がってくるころの柏戸、大鵬に強く「柏鵬の反逆児」を自任していたことも。

 

秀錦(十両8)

1955年(昭和30年)1月新十両。

川崎市幸区出身。春日野部屋。

十両を通算20場所務めました。

 

金ノ花(小結)

1957年(昭和32年)5月新十両。

横浜市鶴見区出身。出羽海部屋。のち金乃花に改名。

寺尾中学時代は、大洋ホエールズで活躍した桑田武選手と同期でした。

 

浜ノ海(十両10)

1960年(昭和35年)7月新十両。

横浜市南区出身。伊勢ノ海部屋。のちに伊勢ノ山、相模洋と改名。

 

広川(小結)

1961年(昭和36年)7月新十両。

横須賀市出身。宮城野部屋。引退後してのちに宮城野親方に。

横須賀に白鵬の後援会があるのはこの縁によるものですね。

 

葉山(十両10)

1966年(昭和41年)7月新十両。

横須賀市出身。宮城野部屋。

 

頂ノ郷(十両12)

1979年(昭和54年)1月新十両。

横浜市鶴見区出身。大鵬部屋。

読みは「かみのさと」

 

隆三杉(小結)

1981年(昭和56年)1月新十両。

川崎市川崎区出身。二子山部屋。

「ドラえもん」というあだ名が付くほど丸っこい体型。歌が上手く五木ひろしを十八番としていました。歌が上手い力士はたくさんいますが。一番上手なのは隆三杉だと思ってます!

 

栃纒(前頭11)

1982年(昭和57年)1月新十両。

川崎市幸区出身。春日野部屋。

四股名の読みは「とちまとい」。

 

春日富士(前頭1)

1988年(昭和63年)1月新十両。

川崎市川崎区出身。1991年9月から宮城県牡鹿郡牡鹿町に出身地を変更。

所属部屋は当初は春日山部屋でしたが、師匠の定年により安治川部屋に移籍。

自身の引退後、ふたたび春日山部屋を復興。川崎市に部屋を構え、川崎フロンターレと共同でスポーツイベントを行ったりしています。

 

鬼雷砲(前頭4)

1988年(昭和63年)3月新十両。

横浜市南区出身。高田川部屋。

三段目から幕下時代にかけて「浜千鳥」という優しい四股名を名乗っていたこともありました。

 

前進山(十両2)

1989年(平成元年)5月新十両。

横浜市金沢区出身。高田川部屋。

十両を通算37場所務めました。引退後は若者頭に転向。

 

大石田(十両13)

1990年(平成2年)9月新十両。

相模原市出身。大鵬部屋。

初土俵から新十両まで所要81場所と史上9位のスロー出世。成績は2勝13敗に終わりましたが、勝ち星は初日と千秋楽のみ。もしオセロだったらひっくり返って15戦全勝になるところでした。

 

月山(十両2)

1992年(平成4年)3月新十両。

横浜市鶴見区出身。北の湖部屋。のち金親に改名。

 

朝相洋(前頭2)

1993年(平成5年)3月新十両。

横浜市神奈川区出身。1995年1月から小田原市出身。

新十両のあとケガで1回幕下に陥落。1994年5月の再十両時に朝乃翔と改名。

 

朝弁慶(十両)

2015年(平成27年)11月新十両。

平塚市出身。高砂部屋。

「湘南の重戦車」の異名どおりの前に出る相撲が魅力。

 

 

あと一歩だった栃相模

あと一歩で関取だったのに果たせなかったのが茅ヶ崎市出身の栃相模。

1991年5月場所、西幕下2枚目の地位で4勝3敗。東筆頭で5勝2敗だった武蔵丸ほか幕下上位に好成績者が多く十両昇進は見送り。

翌7月場所、東幕下筆頭に進みましたが3勝4敗と惜しくも1点の負け越しに終わってしまいました。

十両との対戦で塩を使うときは、時間いっぱいで水戸泉ばりに大きく撒いて気合いを入れていましたが力が一歩及びませんでした。

 

湘南出身の力士が十両昇進に近づいたのはこの栃相模のとき以来だったので、今回の朝弁慶の十両昇進はとても嬉しいですね。

湘南出身の現役力士では、大磯町出身の高麗の国や湘南乃海などがいます。

茅ヶ崎市からも新たに初土俵を踏んだ力士がいます。

みんな朝弁慶に続けるようにがんばれ!

 

《参考文献・サイト》

「大相撲人物大事典」ベースボール・マガジン社/2001年

「戦後新入幕力士物語」ベースボール・マガジン社/1994年

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