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【四股名】かな2文字読みの関取

2016/11/16

力士の四股名を呼び上げるのが仕事の一つである行司さんや呼び出しさんが、最も呼び上げにくいと感じる四股名は「かなで2文字読み」みたいです。

確かにそうで、5文字ぐらいの四股名だとはっきり強弱をつけて呼べるのにたいして、2文字だと力の入れどころが難しい気がします。

そんな訳なのか、かなで2文字読みの四股名っていうのは非常に珍しいんですよね。

昭和以降の関取の四股名で、かな2文字読みの力士を年代順に紹介します。

 

かな2文字読みの関取

とだ(戸田)→三笠山

かな2文字読みの関取第一号は、1957年(昭和32年)3月場所で十両に昇進した戸田です。本名です。

元は北海道三笠市出身ということで三笠山と名乗っていたのが、本名に改名して4場所目に十両昇進。十両3場所目に再び三笠山に戻しました。

 

とだ(戸田)→羽黒岩

かな2文字読み関取第2号はまたもや戸田。こちらも本名です。

のちに羽黒岩に改名して小結にまで上がるのですが、戸田という四股名のほうが相撲史には大きく刻まれています。

横綱大鵬の連勝記録が誤審により45でストップし、判定にビデオテープが導入されるきっかけとなった一番の勝ち力士になったからです。

 

はじ(土師)

1972年(昭和47年)7月場所に佐賀ノ海の四股名で新十両。1場所で陥落して幕下にいるときに本名の土師に改名。1975年(昭和50年)3月場所に16場所ぶりに十両に返り咲きました。

力士になる前に、2年間近鉄バッファローズにプロ野球選手として在籍していたという経歴をもっています。投手。一軍での登板はありませんでした。

 

ほし(保志)→北勝海

1983年(昭和58年)3月場所新十両。こちらもやはり本名です。

関脇まで保志の四股名で活躍。大関昇進のときに北勝海に改名しました。のち横綱に昇進。

保志と名乗っていた1986年(昭和61年)3月場所に関脇で初優勝。現在、かな2文字読みの力士の幕内優勝はこのときの保志ただひとりです。

九重部屋所属で兄弟子の横綱千代の富士との猛稽古は語り草になっています。

ちなみに私が子供のころ、廻しの色が派手な蛍光色だったのと、キップのいい相撲っぷりでこの保志をひいき力士にしていたことがあります。

 

あま(安馬)→日馬富士

現横綱の日馬富士です。大関昇進時に日馬富士に改名。それまでは安馬と名乗っていました。2004年(平成16年)3月場所新十両。

プロの力士なのにアマ(チュア)とはこれ如何に、とよく言われたかは定かではありませんが、本名以外では初のかな2文字読みの関取です。

そして濁音を含まない2文字読みの四股名をもった二人(安馬、保志)とも横綱に昇進しました。

 

あび(阿炎)

2015年3月に十両に昇進して本名の堀切から改名したばかり。師匠の錣山親方(元関脇・寺尾)の愛称「アビ」から取ったもので、「阿修羅のように強く、燃えて戦う」との願いを込めて漢字が当てられました。

 

かな1文字の関取はまだいません

かな1文字の関取はまだいませんが、幕内までいった栃乃若は本名(李大源)から、「李(り)」の四股名で幕下時代の途中まで取っていました。

 

長いほうは?

拗音(しゃ、しゅ、しょ、など)を含まない形でいちばん長いのは、大砂嵐「おおすなあらし」の7文字。

拗音が入った四股名では8文字が最長。朝青龍「あさしょうりゅう」、九州海「きゅうしゅううみ」、九州山「きゅうしゅうざん」、旭鷲山「きょくしゅうざん」、旭秀鵬「きょくしゅうほう」、常幸龍「じょうこうりゅう」、鳥海龍「ちょうかいりゅう」、徳勝龍「とくしょうりゅう」、隆昌山「りゅうしょうやま」の9人。

 

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(四股名研究家:まるほん)



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